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Full text: 148 lines
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[001]  ハッと気付けば、何もない世界にいた。
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[002]    ここは、いつもの夢の中……?
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[003]あの女の子とまゆきさんが
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[004]ふたり揃って目の前に立っている。
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[005]女の子は、わたしを見てにこっと笑った。
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[006]そして、フッと
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[007]まゆきさんの中に消える。
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[008]いつも夢の中で会っていた女の子。
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[009]親近感を覚え始めてた彼女が消えたことに
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[010]ショックを隠しきれない。
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[011]名前を呼んであげたかったのに、
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[012]わたしは、彼女の名前さえ
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[013]思い出せないなんて……!
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[014]彼女には優しい声で
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[015]『かおりちゃん』って呼んでもらったのに……
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[016]何度も!!
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[017]【かおり】
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[018]「――ちゃん!!」
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[019]なのに、わたしは
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[020]そんな彼女の名前を
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[021]呼んであげることもできないなんて!!
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[022]頭の中で、
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[023]『わたしのことは気にしないで、かおりちゃん』と
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[024]優しい声が響いた――そんな気がした。
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[025]思い出せそうで思い出せなかった、
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[026]その子の名前を必死で呼んだ。
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[027]ゆっくり目を開けると、
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[028]わたしたちは元通り、わたしの部屋にいた。
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[029]いつの間にか流れていた涙を
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[030]まゆきさんに指摘されない内に
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[031]サッと手で拭う。
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[032]けど、目の前のまゆきさんまで
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[033]何故か泣いていた。
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[034]【かおり】
>

[035]「まゆきさん……?」
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[036]【まゆき】
>

[037]「……失敗だ……」
>

[038]【かおり】
>

[039]「え……?」
>

[040]【まゆき】
>

[041]「はづきの能力を持ってしても、
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[042] わたしの病気は治らなかったということだ……」
>

[043]はづきちゃん……!
>

[044]そう、
>

[045]あの子の名前は、はづきちゃんだった!!
>

[046]【かおり】
>

[047]「そんな……!」
>

[048]【まゆき】
>

[049]「……すまん……。
>

[050] はづきにも、そして、おまえにも
>

[051] 辛い思いをさせた……」
>

[052]【かおり】
>

[053]「そんな、そんなことって……!!」
>

[054]まゆきさんが、ふっと微笑む。
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[055]夢の中の女の子・はづきちゃんは
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[056]わたしの子供の頃の親友だった女の子。
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[057]大好きだった親友の名前を、
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[058]どうして今まで忘れてたんだろう?
>

[059]【まゆき】
>

[060]「さ、今度こそ本当に眠ろう」
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[061]翌朝、ふたりで出勤(?)した。
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[062]主任さんは全てを理解しているようで、
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[063]かなしそうな微笑みを浮かべている。
>

[064]【かおり】
>

[065]「あ、あの……、主任さん……」
>

[066]【はつみ】
>

[067]「いいの、……いいのよ。
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[068] 最悪の事態は免れた……。
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[069] 今はそれだけで良いの……」
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[070]ぽろりと主任さんが涙を流した。
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[071]わたしは何も言えないまま、
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[072]まゆきさんを病室に送る。
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[073]【まゆき】
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[074]「……わたしはこれまで通り、
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[075] 毎年のように若返って、
>

[076] 三年後に消滅するのだな……」
>

[077]【かおり】
>

[078]「それでも、わたし、
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[079] まゆきさんの最期の時まで一緒にいるから!!」
>

[080]穏やかな瞳で、
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[081]まゆきさんは小さく微笑んだ。
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[082]【まゆき】
>

[083]「人様の能力を利用しようとした
>

[084] 罰が当たったのだろうな」
>

[085]【かおり】
>

[086]「だって、辛かったんでしょう、
>

[087] しょうがないよ!!
>

[088] 誰にでも幸せになる権利くらい、あるよ!!」
>

[089]【まゆき】
>

[090]「権利……か。
>

[091] 権利を主張する者は、
>

[092] 義務を遂行しなければならない」
>

[093]【まゆき】
>

[094]「……思えばわたしは今まで
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[095] 懸命に生きようとはしていなかった……」
>

[096]【かおり】
>

[097]「まゆきさん……!!」
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[098]それ以上、聞いていたくはなくて、
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[099]まゆきさんを強く抱き締めた。
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[100]その日は、主任さんの機転で、
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[101]急遽、お休みをいただいた。
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[102]まゆきさんと一緒にいた昨夜は
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[103]あまり眠れなかったので、
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[104]ありがたくお言葉に甘えさせてもらった。
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[105]そして――。
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[106]【なぎさ】
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[107]「……元気出してよ、沢井……」
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[108]屋上で、
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[109]なぎさ先輩が慰めてくれる。
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[110]【なぎさ】
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[111]「せっかく若本さんと仲良くなったのに、
>

[112] 離れることになったのは残念だけど……」
>

[113]【なぎさ】
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[114]「でも、外国で最新の治療が
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[115] 受けられることになったんだから、
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[116] 結果的には良かったじゃない」
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[117]【かおり】
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[118]「…………」
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[119]わたしがお休みした、たった1日の間に、
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[120]まゆきさんは百合ヶ浜総合病院から退院していた。
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[121]海外で最新の治療を受けるために出国したのだと、
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[122]主任さんはスタッフに説明したらしい。
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[123]けれど――。
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[124]【かおり】
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[125]「……はい」
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[126]――あの人は、死に場所を求めて、
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[127]誰も自分を知らない場所へと旅立ったのだと
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[128]何となくわかった。
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[129]心の声は、もう聞こえない。
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[130]もう、何も聞こえはしない。
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[131]わたしのことが好きだと言ったのに、
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[132]冷淡にも、わたしの存在を切り捨てて行ったまゆきさん。
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[133]連れて行ってくれたのは、
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[134]わたしがまゆきさんを好きだと思った、
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[135]その気持ちだけ。
>

[136]まゆきさんはもう、
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[137]わたしの手が届かないところに行ってしまった……。
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[138]【なぎさ】
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[139]「ねぇ、沢井、泣かないでよ……」
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[140]【かおり】
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[141]「……泣いてませんよ」
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[142]きっとまた、逢えるはずだから。
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[143]治療が成功して戻ってきた時に、
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[144]年上で年下の、大好きなあの人に
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[145]相応しい人間になっていないといけないから。
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[146]……だから、泣いている暇なんて、ない。
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[147]そう自分に言い聞かせて、
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[148]わたしは顔を上げた。
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