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Full text: 198 lines
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[001]   ハッと気付けば、何もない世界にいた。
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[002]     ここは、いつもの夢の中……?
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[003]あの女の子とまゆきさんが
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[004]ふたり揃って目の前に立っている。
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[005]【まゆき】
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[006]「このままでいい。
>

[007] 治療もしなくてもいい」
>

[008]【まゆき】
>

[009]「今はただ、
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[010] 最後に好きになった人と一緒に
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[011] 残り時間を過ごすことができれば、それでいい」
>

[012]【???】
>

[013]「ダメだよ、まゆきちゃん。
>

[014] 欲しいものは欲しいって言わなくちゃ!」
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[015]【まゆき】
>

[016]「しかし……!」
>

[017]【???】
>

[018]「思っているだけじゃダメ!
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[019] 気持ちは口に出さないと、
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[020] 相手には伝わらないよ!!」
>

[021]【まゆき】
>

[022]「しかし……しかし、そんなこと
>

[023] 言えるはずがないではないか、
>

[024] わたしはあと三年で消えてしまうのに!」
>

[025]【かおり】
>

[026]「まゆきさん……」
>

[027]そっと、まゆきさんの肩に手を置く。
>

[028]わたしはここにいるよ、って、
>

[029]それを教えたくて。
>

[030]【まゆき】
>

[031]「……望んでも良いというのか……?
>

[032] 手に入れることができないものを
>

[033] 望むことは罪ではないのか……」
>

[034]【???】
>

[035]「いいんだよ、まゆきちゃん。
>

[036] 望むことは罪なんかじゃないんだから」
>

[037]【???】
>

[038]「それに、まゆきちゃんは散々苦労したんだから、
>

[039] ちょっとくらいワガママ言っても、
>

[040] 許してもらえるよ!」
>

[041]まゆきさんの肩が
>

[042]小刻みに震え始めた。
>

[043]【まゆき】
>

[044]「生きたい……
>

[045] 死にたくない……
>

[046] もっともっと、生きていたい」
>

[047]【まゆき】
>

[048]「老いさらばえてゆく身内を見送りたくない!
>

[049] 父親や母親の葬式に出られないのも、
>

[050] 妹が年老いてゆくのを見ているのも、もう嫌だ!」
>

[051]【???】
>

[052]「そう、
>

[053] それでいいんだよ、まゆきちゃん」
>

[054]女の子はニコッと微笑んで、
>

[055]スーッと消えてしまった。
>

[056]どこからか声が聞こえる。
>

[057]【???】
>

[058]「かおりちゃん、わたしはもう消えるね。
>

[059] まゆきちゃんをよろしく……」
>

[060]【かおり】
>

[061]「――ちゃん!!」
>

[062]思い出せそうで思い出せなかった、
>

[063]その子の名前を必死で呼んだ。
>

[064]はっと我に返ると、自分の部屋にいた。
>

[065]耳に残る女の子の――はづきちゃんの声。
>

[066]【かおり】
>

[067]「はづきちゃん……」
>

[068]どうして忘れていたんだろう、
>

[069]あんなに仲が良かった子だったのに。
>

[070]【まゆき】
>

[071]「かおり……」
>

[072]まゆきさんが
>

[073]わたしのパジャマの裾を
>

[074]くいくいと引っ張った。
>

[075]【まゆき】
>

[076]「はづきが……
>

[077] 私の代わりに消えてくれた……」
>

[078]すーっと、
>

[079]まゆきさんの頬を
>

[080]涙が伝い落ちている。
>

[081]はづきちゃんが
>

[082]まゆきさんの代わりに『消えてくれた』……。
>

[083]【かおり】
>

[084]「じゃあ、あれは
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[085] やっぱりただの夢じゃなかったんだ……」
>

[086]はづきちゃんが何をしたのかは、わからない。
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[087]ただ、まゆきさんの病気が治ったらしい、
>

[088]ということはわかった。
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[089]何かを吹っ切るように、
>

[090]まゆきさんが小さく微笑んだ。
>

[091]【まゆき】
>

[092]「……おまえは仕事があるだろう。
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[093] もう、寝よう」
>

[094]【かおり】
>

[095]「でも……」
>

[096]朝、起きたら、
>

[097]まゆきさんがいなくなってるかもしれない、
>

[098]……そんな不安が胸をよぎる。
>

[099]【まゆき】
>

[100]「そんな顔をするな。
>

[101] わたしはもう……」
>

[102]言葉を区切って、
>

[103]まゆきさんは晴れ晴れしい笑顔を浮かべた。
>

[104]【まゆき】
>

[105]「わたしはもう、死に怯えることはない。
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[106] おまえと一緒に、これからの時間を
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[107] 共に歩んでゆけるのだから」
>

[108]翌朝、ふたりで出勤(?)した。
>

[109]詰所の前を通り過ぎようとして、
>

[110]主任さんが立っていることに気がついた。
>

[111]【かおり】
>

[112]「しゅ、主任さん……!」
>

[113]【はつみ】
>

[114]「…………」
>

[115]主任さんは
>

[116]今にも泣きそうな顔をしている。
>

[117]けど、ぐっと堪えて、
>

[118]柔らかな微笑みを浮かべた。
>

[119]【はつみ】
>

[120]「……何も言わなくてもわかっているわ。
>

[121] 若本さんの病気が良くなって、良かったわね」
>

[122]てっきりまゆきさんの無断外泊とか
>

[123]勝手に判断したこととかを叱られると思っていたので
>

[124]ちょっと拍子抜けしたのは否めない。
>

[125]けど。
>

[126]【かおり】
>

[127]「主任さん、
>

[128] どうしてそのことを……?」
>

[129]しかも、
>

[130]まゆきさんの病気が良くなったことまで知ってる……?
>

[131]主任さんは黙ったまま、曖昧に微笑んでいる。
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[132]どうやら訊いてはいけないことらしい。
>

[133]【まゆき】
>

[134]「世話になったな、はつみ。
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[135] おまえには、散々、八つ当たりもしたな」
>

[136]【はつみ】
>

[137]「そうでしたか?
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[138] 昔のことは忘れました」
>

[139]微笑むふたり。
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[140]このふたりの間には
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[141]わたしなんかが割り込めないような
>

[142]時間の積み重ねがある。
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[143]それは、思いの深さや強さだけでは
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[144]決して乗り越えられないものだってことは
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[145]いくら鈍感なわたしにでもわかる。
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[146]【はつみ】
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[147]「さ、もう仕事が始まるわ、
>

[148] 沢井さんは詰所へ入って。
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[149] 若本さんはご自分の病室に戻っていてください」
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[150]【はつみ】
>

[151]「昨日の夜勤さんには、
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[152] わたしが独断で外泊届けを出しておきました」
>

[153]【はつみ】
>

[154]「後で沢井さんに病室まで持っていかせるので
>

[155] サインを書いてくださいね」
>

[156]そう言い置いて、
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[157]詰所に戻ろうとした主任さんの背中に、
>

[158]思い切って、質問を投げてみた。
>

[159]【かおり】
>

[160]「しゅ、主任さん、
>

[161] わたしの中にいたはづきちゃんって
>

[162] 誰なんですか……!?」
>

[163]ビクリと肩を揺らして、
>

[164]主任さんが振り返る。
>

[165]【はつみ】
>

[166]「……どうしてそんなことを
>

[167] わたしに訊くの?」
>

[168]【かおり】
>

[169]「主任さんなら、
>

[170] きっと知っているような気がして……」
>

[171]主任さんは、
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[172]ちょっと考えるような仕草をしてから、
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[173]にっこりと表情の読めない微笑みを浮かべた。
>

[174]【はつみ】
>

[175]「……わたしは
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[176] 百合ヶ浜総合病院内科病棟の看護主任よ。
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[177] それ以上でも以下でもないわ」
>

[178]【かおり】
>

[179]「……そ……うですね」
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[180]そっと手を合わせて、胸に当てる。
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[181]深呼吸しても、何の変化もない。
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[182]もうひとりのわたし……
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[183]親友だったはづきちゃんは
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[184]本当に消えてしまったんだ……。
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[185]【はつみ】
>

[186]「何をしているの、沢井さん。
>

[187] 申し送りが始まってしまうわよ」
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[188]【まゆき】
>

[189]「はつみ、
>

[190] あまり怒鳴るとシワが増えるぞ?」
>

[191]【はつみ】
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[192]「若本さんは黙っていてください!」
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[193]怒って詰所に入ってしまった主任さんを見送って、
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[194]まゆきさんと微笑み合った。
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[195]【かおり】
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[196]「じゃ、まゆきさん、また後でね」
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[197]【まゆき】
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[198]「ああ、待っている」
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