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Full text: 195 lines
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[001]一昨日の酒石さんのステルベンから、
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[002]堺さんの口撃が一段と苛烈になった。
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[003]【まゆき】
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[004]「……大丈夫だ。
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[005] おまえが気に病むことではない」
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[006]【かおり】
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[007]「うん……」
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[008]今日も、いつものように
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[009]堺さんにへこまされた心を、
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[010]こうしてまゆきちゃんに癒してもらってる。
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[011]こういうのって、
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[012]まゆきちゃんの存在を逃げ道に使ってるみたいで、
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[013]あんまり良くないって自分でもわかってる。
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[014]けど、
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[015]こういう『癒し』がないと、
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[016]心が壊れてしまいそうで……。
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[017]【まゆき】
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[018]「あうっ!!」
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[019]【かおり】
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[020]「まゆきちゃん!?」
>

[021]いつもの頭痛だ!
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[022]慌てて抱き寄せて、
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[023]頭痛が良くなるようにと念じながら、頭を撫でる。
>

[024]プラセボでも何でもいい。
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[025]効いてくれるのなら……、
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[026]まゆきちゃんの頭痛が軽くなるんなら、何でもいい。
>

[027]【まゆき】
>

[028]「も、もういい……」
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[029]辛そうなまゆきちゃんの声。
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[030]【かおり】
>

[031]「ダメ。
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[032] まだ頭が痛いんでしょ?」
>

[033]くらりと視界が歪む。
>

[034]【まゆき】
>

[035]「これ以上はもう無理だ。
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[036] 手を離せ」
>

[037]手を振り払われた。
>

[038]【かおり】
>

[039]「ま、まゆきちゃん?」
>

[040]【まゆき】
>

[041]「……謝って済むことではないが……、
>

[042] 許して欲しい」
>

[043]【かおり】
>

[044]「え……、
>

[045] 別に謝られるほどのことじゃないよ」
>

[046]叩かれた手はじんじんしてるけど、
>

[047]別に怪我をしたわけでもないし。
>

[048]【まゆき】
>

[049]「違う……そうじゃない……」
>

[050]【かおり】
>

[051]「はひ?」
>

[052]首を傾げるわたしに、
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[053]まゆきちゃんは考え込む仕草をしてから、
>

[054]ゆっくりを深呼吸をした。
>

[055]【まゆき】
>

[056]「……おまえが信じていない『癒しの手』だが……。
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[057] もし、それが本当に実在していたとしたら、
>

[058] おまえはどうする?」
>

[059]【かおり】
>

[060]「わたしの『癒しの手』が?」
>

[061]少し考えてみた。
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[062]答えは意外なほど、すぐに出た。
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[063]【かおり】
>

[064]「……本当にあったらいいなって思うよ」
>

[065]【まゆき】
>

[066]「それが、おまえの生命力を
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[067] 他者に分け与えている類の能力だとしても?」
>

[068]わたしの生命力を
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[069]誰かに分け与えている……?
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[070]ということは……。
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[071]【かおり】
>

[072]「……まゆきちゃんは、
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[073] わたしの癒しの手があると、
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[074] 頭痛が治まるんだよね」
>

[075]【まゆき】
>

[076]「ああ、そうだ。
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[077] 嘘のように引いてゆく」
>

[078]【かおり】
>

[079]「そう……。
>

[080] なら、良かった」
>

[081]【まゆき】
>

[082]「は?」
>

[083]【かおり】
>

[084]「癒しの手でも何でもいいよ。
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[085] わたしはまだ新人で、経験も全然足りなくて、
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[086] ちゃんとしたケアが何もできないんだもん」
>

[087]【かおり】
>

[088]「わたしのこの手で、
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[089] 少しでも患者さんを楽にできるんなら、
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[090] 癒しの手でも何でも使ってあげたいって思う」
>

[091]【まゆき】
>

[092]「わたしはおまえの『癒しの手』を
>

[093] 不当に利用しているんだぞ。
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[094] 不快ではないのか」
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[095]【かおり】
>

[096]「どうして?
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[097] だって、わたしだって、
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[098] まゆきちゃんに癒してもらってるんだもん」
>

[099]【まゆき】
>

[100]「わたしが?」
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[101]意外そうに目を見開いたまゆきちゃんは、
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[102]いつもの大人びた雰囲気から
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[103]年相応の雰囲気になる。
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[104]それが嬉しくて、
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[105]わたしは思わず笑ってしまう。
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[106]【かおり】
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[107]「うん、まゆきちゃんと話してると、ホッとする。
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[108] こんなわたしにも、懐いてくれて、
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[109] 認めてくれる患者さんがいるんだって」
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[110]【まゆき】
>

[111]「しかし、わたしは
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[112] おまえの生命力を食っているんだぞ?」
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[113]【かおり】
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[114]「いいよ、それくらい。滅私奉公ってわけじゃないけど、
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[115] 別に死ぬわけじゃないんだもん、
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[116] いくらでも食べて?」
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[117]ふっと、まゆきちゃんの表情が翳る。
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[118]【まゆき】
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[119]「……死ぬとしたら、どうする?」
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[120]深刻なまゆきちゃんの表情。
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[121]それでも、
>

[122]わたしはにっこりと微笑む。
>

[123]いいよ
>

[124]死なない程度にしてね
>

[125]【かおり】
>

[126]「それでもいいよ。
>

[127] 死んだらそこまでだった、ってことで」
>

[128]【まゆき】
>

[129]「…………」
>

[130]すぅっと、
>

[131]まゆきちゃんの表情が失せた。
>

[132]【まゆき】
>

[133]「話にならんな。
>

[134] こうも現状把握ができない阿呆だとは思わなかった」
>

[135]【かおり】
>

[136]「え?」
>

[137]【まゆき】
>

[138]「わたしは阿呆と話す趣味はない。
>

[139] 出て行け」
>

[140]【かおり】
>

[141]「……え……!?」
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[142]まゆきちゃんは酷く怒っているらしい。
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[143]怒らせたのは……わたし!?
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[144]【かおり】
>

[145]「ご、ごめんね、
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[146] わたし、そんなつもりじゃ……!」
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[147]【まゆき】
>

[148]「…………」
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[149]それ以降、わたしが何を話しかけても、
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[150]まゆきちゃんはわたしなんて部屋にいないような感じで、
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[151]無視し続ける。
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[152]静かに立ち上がって、
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[153]わたしはまゆきちゃんの部屋からそっと出た。
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[154]【かおり】
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[155]「…………」
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[156]【かおり】
>

[157]「それはちょっと困るから、
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[158] 死なない程度にして欲しいな」
>

[159]【まゆき】
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[160]「……おまえ、本気か?」
>

[161]【かおり】
>

[162]「だって、それって
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[163] わたしにしかできないことなんでしょう?」
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[164]【かおり】
>

[165]「わたしだけがまゆきちゃんの役に立てる、
>

[166] そう考えると、やっぱり嬉しいなって思う」
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[167]まゆきちゃんは一瞬、目を丸くして、
>

[168]それからしばらく俯いていた。
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[169]【まゆき】
>

[170]「…………」
>

[171]【かおり】
>

[172]「まゆきちゃん、どうしたの?
>

[173] また頭が痛いの?」
>

[174]まゆきちゃんの顔を覗き込む。
>

[175]でも、まゆきちゃんは、
>

[176]ゆっくりと首を横に振ってから顔を上げた。
>

[177]【まゆき】
>

[178]「……ああ、善処しよう、
>

[179] 死なない程度にする、と」
>

[180]大人びた、けれど、
>

[181]今にも泣きそうな微笑みが向けられる。
>

[182]ああ、そうかと思った。
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[183]最近、ちょっと立ちくらみがするなって思ってたけど、
>

[184]わたしの生命力をまゆきちゃんに分け与えてたんなら、
>

[185]くらくらするのも当然かもね。
>

[186]……にわかには
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[187]信じられない話だけど。
>

[188]【かおり】
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[189]「でも、食べすぎ注意ね。
>

[190] まゆきちゃんがお腹を壊すと大変だから」
>

[191]呆れた顔のまゆきちゃんは、
>

[192]次の瞬間、くすっと笑った。
>

[193]【まゆき】
>

[194]「……ただの喩え話だ、
>

[195] 文字通り受け止めるな、阿呆」
>

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