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Full text: 203 lines
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[001]明かりを落とした、わたしの部屋。
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[002]いつもは静かな部屋。
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[003]聞こえる音は、
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[004]目覚まし時計の秒針が動く音と
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[005]わたしの呼吸の音くらい。
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[006]なのに、
>

[007]今日はわたし以外の呼吸の音が聞こえる……。
>

[008]【はつみ】
>

[009]「来客用のマットがある、だなんて
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[010] 用意がいいわね」
>

[011]【かおり】
>

[012]「……実家の妹が来たい、って騒いでいたので……。
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[013] 一緒のベッドに寝るのは狭いですから」
>

[014]主任さんには床に敷いた来客用マットに寝てもらって、
>

[015]わたしが位置の高いベッドに寝るのが
>

[016]少し申し訳ないけれど……。
>

[017]でも、別に変じゃないよね?
>

[018]【はつみ】
>

[019]「そう……、沢井さんには
>

[020] 妹さんがいらっしゃるのね」
>

[021]暗い中、主任さんが笑う。
>

[022]【はつみ】
>

[023]「……妹さんは可愛い?」
>

[024]そう訊かれて、
>

[025]わたしは妹の顔を思い出した。
>

[026]そういえば、
>

[027]しばらく妹には会ってないな……。
>

[028]【かおり】
>

[029]「そうですね……、
>

[030] 時々、生意気でワガママで天然だけど、
>

[031] 基本的には可愛いと思います」
>

[032]二つ年下の妹は
>

[033]今は実家から離れて、東京で大学生をやっている。
>

[034]身体を壊してないといいんだけど……。
>

[035]【かおり】
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[036]「頑張り屋さんなのはいいんですけど、
>

[037] 自分の限界を超えて頑張りすぎるところがあるから、
>

[038] 見てて少し心配になるんですけどね」
>

[039]【はつみ】
>

[040]「そう」
>

[041]【かおり】
>

[042]「今でも、わたしが突然いなくなるんじゃないかって
>

[043] 怯えているみたいなんですよね。 わたしが
>

[044] 事故に遭った時のイメージが強いみたいで」
>

[045]【かおり】
>

[046]「もうわたしも元気になったので
>

[047] いきなりいなくなることなんてないんですけど。
>

[048] 妹が怖がってるのが、申し訳なくて……」
>

[049]【はつみ】
>

[050]「……そうだったわね、
>

[051] 沢井さんは、昔、大きな事故に遭ったのよね」
>

[052]【かおり】
>

[053]「はい。
>

[054] わたしはあまり覚えていないんですけど」
>

[055]【はつみ】
>

[056]「そう……」
>

[057]ふと、沈黙が降りてくる。
>

[058]【はつみ】
>

[059]「そういえば、あなた、
>

[060] 患者さんの間で噂になっているようね」
>

[061]ウワサ?
>

[062]少し考えて、
>

[063]あっと思いついた。
>

[064]【かおり】
>

[065]「ああ、癒しの手、ってやつですね。
>

[066] ただのプラセボ効果だと思うんですけど」
>

[067]【はつみ】
>

[068]「……本当にそう思う?」
>

[069]【かおり】
>

[070]「だって、非科学的でしょう?
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[071] 触ることで痛みや辛さが和らぐなら
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[072] 病院の存在意義がなくなっちゃうじゃないですか」
>

[073]【はつみ】
>

[074]「……そうかしら?」
>

[075]本心を探るような主任さんの言葉に、
>

[076]わたしは少し考える。
>

[077]【かおり】
>

[078]「うーん、
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[079] そういうのがあったらいいなって
>

[080] ちょっとは思うんですけどね」
>

[081]【かおり】
>

[082]「実際、中学とか高校の頃、
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[083] 癒しの手がどうのこうのって
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[084] 言われたこともあったし」
>

[085]【はつみ】
>

[086]「そんな以前からあったのなら、
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[087] あなたに癒しの手が実在すると思わない?」
>

[088]何だか変なの……、
>

[089]主任さん、やけに絡んできてない?
>

[090]何かあるのかな……?
>

[091]この会話、このまま続ける方がいい?
>

[092]それとも、
>

[093]主任さんの本意を訊いた方がいいかな?
>

[094]会話を続ける
>

[095]本意を訊く
>

[096]せっかくだから、
>

[097]会話を続ける方がいいかな。
>

[098]主任さんとこんな風に
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[099]プライベートのことをおしゃべりする機会なんて
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[100]そう何度もあるわけじゃないんだし。
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[101]【かおり】
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[102]「もし癒しの手というものが実在するなら、
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[103] わたしにそんな能力があればいいなって思います。
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[104] ……少しだけだけど」
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[105]【はつみ】
>

[106]「少しなの?」
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[107]静かな声。
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[108]意外そうな色は含んでいない。
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[109]だからわたしも
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[110]静かに思っていることを話す。
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[111]【かおり】
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[112]「……人と違う能力は、不幸の元ですから」
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[113]闇の中、主任さんがクスッと笑った。
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[114]【はつみ】
>

[115]「達観しているのね」
>

[116]【かおり】
>

[117]「達観っていうのとは
>

[118] 少し違うような気がします」
>

[119]ずっと考えていた気持ちを伝えたくて、
>

[120]何とか言葉をつむぐ。
>

[121]【かおり】
>

[122]「わたしはあまり覚えてないけれど、
>

[123] 事故に遭ったことで、わたしの人生は
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[124] 普通じゃなくなってしまったような気がします」
>

[125]【かおり】
>

[126]「わたしは普通になりたいし、
>

[127] 普通が一番だと思うんですけど、
>

[128] もうわたしは普通にはなれないから……」
>

[129]【かおり】
>

[130]「だから、憧れ、みたいなものかもしれません。
>

[131] 隣の芝生なのかもしれませんけど」
>

[132]【はつみ】
>

[133]「……そうかもしれないわね」
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[134]主任さんの本意を訊いてみよう。
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[135]何か思うところがあるのかもしれないし。
>

[136]【かおり】
>

[137]「あの……それがどうかしたんですか?
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[138] ずいぶん気になさってるみたいですけど」
>

[139]【はつみ】
>

[140]「気になっただけよ、
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[141] 他意はないわ」
>

[142]サクッと言われた。
>

[143]……でも、そうなのかな?
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[144]わたしと話しながら、
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[145]何か聞き出そうとしていた
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[146]みたいだったけれど。
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[147]わたしの気のせいなのかな?
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[148]【はつみ】
>

[149]「もう夜も遅いわ。
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[150] 明日も仕事があるのよ、
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[151] 早く寝ましょう」
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[152]主任さんが寝返りを打った音が聞こえてきた。
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[153]これで会話はおしまい、ということね。
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[154]【かおり】
>

[155]「そうですね。
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[156] おやすみなさい」
>

[157]【はつみ】
>

[158]「……おやすみなさい」
>

[159]       「……きなさい。
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[160]        あなたは、生きなさい」
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[161]          ……え?
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[162]     これは、いつもの夢の続き……?
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[163]     でも、クラクションも
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[164]     ブレーキの音もしなかったけれど。
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[165]【はつみ】
>

[166]「あら、ようやく目が覚めたのね、
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[167] おはようございます。
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[168] あなた、意外と寝起きは良くないのね」
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[169]……あれ?
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[170]どうして主任さんがいるの……?
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[171]【はつみ】
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[172]「わたしは自分の部屋に寄らなければいけないし、
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[173] 夜勤さんも気になるから、先に行くわ。
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[174] あなたは時間通りに来なさい」
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[175]【かおり】
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[176]「ふぉえ?」
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[177]【はつみ】
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[178]「……寝ぼけているの?」
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[179]【かおり】
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[180]「あうー、おはようごだいましゅ」
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[181]【はつみ】
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[182]「……まぁいいわ。じゃあね」
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[183]んー?
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[184]ベッドの上に起き上がって
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[185]しばらく考える。
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[186]【かおり】
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[187]「はっ!?」
>

[188]そうだ!
>

[189]昨日の夜、
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[190]主任さんを泊めたんだっけ!!
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[191]それなのに、わたしったら
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[192]盛大に寝ぼけたところを見せちゃった……!
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[193]は、恥ずかしいよぅ〜!
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[194]今日も日勤なのに、
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[195]主任さんと顔を合わせるのが恥ずかしい!
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[196]でも、出勤しなきゃいけないよね。
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[197]【かおり】
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[198]「ううう……」
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[199]モゾモゾとベッドから降りる。
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[200]今日も仕事、頑張るぞー!!
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