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Full text: 211 lines
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[001]【なぎさ】
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[002]「沢井、まだ〜?
>

[003] あたし、先いくよー?」
>

[004]【かおり】
>

[005]「あぁん、待ってくださいぃ〜!」
>

[006]【なぎさ】
>

[007]「もう無理。
>

[008] これ以上待ってたらあたしも遅刻しちゃう。
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[009] じゃ、グッドラック!」
>

[010]【かおり】
>

[011]「ふぇぇぇっ!?
>

[012] なぎさ先輩、冷たいっ!」
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[013]【なぎさ】
>

[014]「そう言ってる間に手を動かしなさい。
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[015] ほら早く早く!」
>

[016]なぎさ先輩に急かされて、
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[017]めいっぱい着替えのスピードを上げるけど、
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[018]急ぎすぎてストッキングを引っ掛けちゃった。
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[019]ああ、なぎさ先輩からオススメされた
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[020]お高いストッキングに伝線が……ううう。
>

[021]ああん、休み明けの勤務って
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[022]どうしてこうのんびり準備しちゃうんだろう、
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[023]わたしのバカァ!
>

[024]時計と睨めっこしてる
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[025]なぎさ先輩からのプレッシャーもあって、
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[026]わたしは更に焦りまくり。
>

[027]半泣きで着替えて、
>

[028]わたしたちは慌てて更衣室を出た。
>

[029]まだ診察開始の時間じゃないのに、
>

[030]すでにロビーは混みはじめ、
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[031]ソファーもほぼ満席状態だった。
>

[032]うわー、
>

[033]今日は患者さん多いなぁ。
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[034]外来の看護師さん、忙しそうだなぁ。
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[035]病棟は落ち着いてるといいな。
>

[036]なにげに見回してから
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[037]階段へと足を向けようとした時、
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[038]ふと視界の端に何かが……。
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[039]【かおり】
>

[040]「あ、れ……?」
>

[041]なんだか見覚えのある背格好……。
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[042]でも、いるはずのない人、だよね?
>

[043]【なぎさ】
>

[044]「どうしたの?」
>

[045]【かおり】
>

[046]「あ、いえ……あの患者さんって……」
>

[047]わたしの言葉になぎさ先輩も視線を向ける。
>

[048]わたしたちに気づいたその人は
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[049]ヒラヒラと手を振って、にっこりと笑った。
>

[050]【あみ】
>

[051]「かおりんさーん!
>

[052] なぎさんも!!」
>

[053]【かおり】
>

[054]「あひゃひゃ、あみちゃん〜っ?!」
>

[055]にこやかに手を振るあみちゃんは、
>

[056]入院患者さん定番のパジャマ姿だった。
>

[057]え、ということは……?
>

[058]【あみ】
>

[059]「えへっ、
>

[060] また入院になっちゃいましたー」
>

[061]照れ笑いしてるあみちゃんに、
>

[062]わたしは思わず駆け寄ってしまった。
>

[063]【かおり】
>

[064]「ど、ど、どうして……っ?!」
>

[065]【あみ】
>

[066]「もともとあったネフローゼ
>

[067] ちょっと悪化させちゃって……」
>

[068]パッと見、病人には見えないあみちゃんの笑顔。
>

[069]【なぎさ】
>

[070]「てか、戻ってきちゃいましたー、じゃないでしょ。
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[071] まったくもう、せっかく学校に戻れたっていうのに」
>

[072]あみちゃんのおでこをコツンとしながら
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[073]なぎさ先輩がたしなめている。
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[074]わたしが相手なら、間違いなくデコピンだけど、
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[075]あみちゃんが相手だもんね。
>

[076]【あみ】
>

[077]「えへへ、やっぱりこっちの空気の方が
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[078] わたしには合ってるんですよー、なんちゃって」
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[079]あははっと笑うあみちゃんは、
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[080]言われてみれば、退院した時より、
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[081]少し顔が丸くなったような感じだった。
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[082]ネフローゼ症候群……、
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[083]たしか、腎臓系の病気だっけ。
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[084]本来、腎臓で再吸収されるべき蛋白やミネラルが
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[085]全く再吸収されなくなっちゃって、
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[086]血液中の浸透圧で、身体に水分が溜まっちゃうから、
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[087]浮腫み(むくみ)が出るんだよね。
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[088]過剰な水分で体重は増えるし、
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[089]見た目も丸っこくなるし、
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[090]女の子だし、しんどいだろうな。
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[091]【なぎさ】
>

[092]「仕方ないなー、あみちゃんは。
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[093] また面倒みてあげるわ」
>

[094]【あみ】
>

[095]「あはっ、お世話になります〜」
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[096]ぺこりとあみちゃんが頭を下げる。
>

[097]【あみ】
>

[098]「でも、実のところ、
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[099] わたしがいなくてさみしかったんじゃないですか?」
>

[100]【なぎさ】
>

[101]「…………」
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[102]あ、なぎさ先輩がムッとしてる。
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[103]次の瞬間。
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[104]光速で動いたなぎさ先輩の右手が
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[105]あみちゃんのおでこに――。
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[106]ビシッ!!
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[107]【あみ】
>

[108]「あいたっ!」
>

[109]【なぎさ】
>

[110]「それ以上、バカなこと言ったら
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[111] もう一発お見舞いするわよ?」
>

[112]【あみ】
>

[113]「あーん、かおりんさん、
>

[114] なぎさんからわたしを守ってー?」
>

[115]元気な様子ではしゃぐあみちゃんからは、
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[116]再入院に対しての不安や辛さは全く感じられない。
>

[117]【かおり】
>

[118]「パジャマ着てるってことは、もう入院してるの?
>

[119] 内科病棟……だよね?」
>

[120]【あみ】
>

[121]「はい。
>

[122] 昨日の夜に緊急入院して、
>

[123] 相変わらずの306号室に入ったんです」
>

[124]【かおり】
>

[125]「そっかぁ」
>

[126]【あみ】
>

[127]「本来は嬉しいことじゃないんですが
>

[128] 何だか古巣に戻ってきたみたいで、安心します」
>

[129]入退院を繰り返しているあみちゃんにとっては
>

[130]病棟のあの部屋が古巣だって感じるのかもしれないよね。
>

[131]【あみ】
>

[132]「あ、いけないっ、そろそろ戻らなきゃ。
>

[133] 朝食の後にちょっと散歩をって出てきたから
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[134] いないとまた叱られちゃう!」
>

[135]あみちゃんの言葉に、
>

[136]わたしはハッとして時計を見る。
>

[137]【かおり】
>

[138]「ひゃ!?
>

[139] なぎさ先輩、やばいです!」
>

[140]【なぎさ】
>

[141]「うわっ、もう!
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[142] 沢井がもたもたしてるから〜!」
>

[143]【かおり】
>

[144]「大丈夫です、間に合う、はず!」
>

[145]【なぎさ】
>

[146]「走るわよ、沢井!
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[147] じゃあ、またね、あみちゃん!」
>

[148]【あみ】
>

[149]「はーい。
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[150] また後で〜!」
>

[151]ひらひらと手を振るあみちゃんを残して、
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[152]わたしとなぎさ先輩は
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[153]三階の詰所まで猛ダッシュした。
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[154]息を切らしながら駆け込んだ
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[155]わたしとなぎさ先輩だったけれど、案の定……。
>

[156]【はつみ】
>

[157]「……あなたたちは
>

[158] 何度言えばわかってくれるのかしら?」
>

[159]【はつみ】
>

[160]「出勤時間とは、職場に到着する時間ではなく、
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[161] その時間までに着替えや準備を済ませ、
>

[162] 滞りなく勤務を開始できる時間のことです」
>

[163]【はつみ】
>

[164]「駆け込みだったら気持ちも落ち着かないし、
>

[165] 何より見ている患者さんが不安になるでしょう?
>

[166] もう少し時間に余裕を持って出勤してください」
>

[167]【なぎさ】
>

[168]「……す、すみません」
>

[169]【かおり】
>

[170]「すみませんでした……」
>

[171]【はつみ】
>

[172]「では揃ったところで申し送りをはじめます。
>

[173] 以前この病棟に入院していた浅田あみさんが
>

[174] 昨夜、再入院となり306号室に入りました」
>

[175]【はつみ】
>

[176]「劇的に悪化したわけではないですが、
>

[177] しばらくは要観察です。
>

[178] まめにチェックをお願いします」
>

[179]メモを取りながら、
>

[180]わたしはさっき見たあみちゃんの
>

[181]元気な笑顔を思い出していた。
>

[182]再入院は大変だけど、
>

[183]あみちゃんはこの病棟の人気者だし、
>

[184]306号室の子どもたちも喜んでいると思う。
>

[185]こんなこと言っちゃうと看護師失格だけど、
>

[186]わたし自身、またあみちゃんに会えて
>

[187]嬉しいって思ってる。
>

[188]つらいはずの入院生活を
>

[189]明るく元気に過ごしているあみちゃんが、
>

[190]他の患者さんたちへ与える影響は
>

[191]とても大きいはず。
>

[192]あみちゃんが来ると、病棟が明るくなる感じがする。
>

[193]でも。
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[194]……本当はそうじゃないんだよね。
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[195]入退院を繰り返すことは、
>

[196]学校に通い続けられないということ。
>

[197]クラスメイトはどんどん先に行っちゃうし、
>

[198]先生は変に気を遣ってくれちゃうし、
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[199]日常生活から離れるストレスは
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[200]我に返ると、恐怖として迫ってくるの。
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[201]退院できるのはいつなのか、
>

[202]いつになったら本当の意味で健康になれるのか
>

[203]先が見えない、わからない。
>

[204]長くて暗い、出口の見えないトンネルにいるような
>

[205]長期治療の辛さや不安。
>

[206]あみちゃんなら、
>

[207]大好きな楽器を練習できない焦りやストレスも
>

[208]当然あるはず。
>

[209]夜勤さんの申し送りを聞きながら、
>

[210]わたしはあみちゃんの気持ちについて
>

[211]思いを馳せていた……。
>

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