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[Anri]
……?
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[Narration]
かすかな物音に気づいて、杏里は暗闇の中、体を起こした。
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[Narration]
すでに深夜。時計の針は暗がりの中、定かではないものの、2時をまわっているようだった。
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[Narration]
天京院の部屋に立て籠もった面々は、それぞれ、思い思いの場所で、ブランケットにくるまって寝息を立てている。
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[Narration]
眠り落ちる直前の記憶をたぐって、杏里は全員の位置を確認する。どうやら、誰かが起き出してたてた物音ではないらしい。
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[Narration]
ならば、自分はなんの音で目が覚めたのだろう?
>

[Narration]
その疑問に対して、答えはすぐに現れた。
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[Anri]
ドアの方……?
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[Narration]
再び耳に届いた音に、杏里はそれが響いてきた方向に顔を向ける。
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[Anri]
なんだろう……?
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[Narration]
側に脱ぎ捨てていた上着に袖を通し、杏里はそっと立ち上がる。そして、できる限り物音をたてないように、扉へと向かった。
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[Anri]
誰だい……?
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[Narration]
物音の正体は、扉を外から叩く、小さな音だった。
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[Narration]
杏里の誰何の声に、答えはすぐ、返ってきた。
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[Tenkyouin]
あたしだ。
>

[Anri]
かなえさん!?
>

[Narration]
思わず、杏里はひたりと扉に張り付く。
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[Tenkyouin]
そのままで聞いてくれ。
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[Anri]
う、うん……。
>

[Narration]
扉越しにかすかな声を響かせあう、会話。
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[Tenkyouin]
今日、船を降りるよ。
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[Anri]
……そうなんだ。
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[Tenkyouin]
そんなに驚かないね。アイーシャから聞いていたかい?
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[Anri]
うん……。
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[Anri]
でも、荷物は……? 卒業証書だって、研究所への紹介状だってここにあるんでしょう?
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[Tenkyouin]
そんなものは、あとで送ってもらえばいいからね。
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[Tenkyouin]
だから、杏里、君達のやっていたことは、実は無意味だ。
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[Anri]
無意味……。
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[Narration]
杏里は上着の胸をつかむ。
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[Anri]
また、そう言うんだね、かなえさん……。
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[Tenkyouin]
……ああ、そうだね。
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[Tenkyouin]
杏里……。
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[Tenkyouin]
このあいだ、曾祖母が亡くなった。
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[Anri]
え?
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[Tenkyouin]
実家に帰っていただろう?
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[Anri]
う、うん。知ってた。
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[Tenkyouin]
あたしは、曾祖母があまり好きじゃなかった。母方の家系なんだけどね。大きな病院をやっているんだ。
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[Tenkyouin]
祖母も、伯母も、母方の一族は皆、医者なんだ。
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[Anri]
あれ、でも……。
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[Tenkyouin]
そう。あたしの母は研究者さ。だからかな、母と曾祖母は折り合いが悪いというわけじゃないけど、あたしはよく、曾祖母から母の悪口を聞かされていた。
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[Tenkyouin]
あたしは長女でね。ずっと、月に一度は、曾祖母の元に出向かなくてはいけなかった。それは、けっこう苦痛でね。
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[Tenkyouin]
知ってるかい、杏里。あたしは、ここに来てからこないだまで、一度だって実家に帰ってなかったんだ。
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[Anri]
そう、だったんだ。そうだね、ボクも帰省はしてないから……、ずっと一緒だったものね。
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[Tenkyouin]
ああ。あたしは、ここから出たらまた、あの家に戻らなきゃいけないと考えると、それがいやでたまらなかった。父と母のいる家じゃない。曾祖母のいる、家だ。
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[Tenkyouin]
だから、最初は、ここの研究室に残ろうと考えていたんだ。
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[Anri]
そうだったんだ……。
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[Tenkyouin]
ただ、こないだ、曾祖母の臨終と葬儀で帰省していた時……。
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[Tenkyouin]
気づいた。あの曾祖母の巨大な屋敷の中が、このポーラースターに似ているんじゃないかということにね。
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[Tenkyouin]
もちろん、環境は全然違う。でも、あの家に戻るのと、このポーラースターに居続けるのと、変わりはないんじゃないか、そう思ってしまった。
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[Tenkyouin]
居心地のよさと、悪さの違いしかない、そう思ってしまった。
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[Tenkyouin]
杏里、あたしは学問の徒だ。科学者たらんと欲し、研究者を志している。
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[Tenkyouin]
お世辞にも、社会的にはまともな人間じゃないが、研究に打ち込んでいれば、あたしはあたしでいられる。
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[Tenkyouin]
そのあたしが、未知への扉を開くことを恐れていたんだ。それに気づいてしまった。
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[Tenkyouin]
あたしは、この恐れを見過ごすことはできないんだ。
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[Anri]
あ……。
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[Anri]
かなえさん、ボクは……。
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[Anri]
ただ、かなえさんの言葉だけが悔しくて……。けして、かなえさんをここに、その、閉じこめたかったわけじゃ……。
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[Tenkyouin]
わかってるよ、杏里。あたしは、最低の別れ方をしようとしている。
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[Tenkyouin]
でも、すまないね、杏里。
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[Anri]
かなえさん!?
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[Tenkyouin]
杏里、君に見送ってほしくはないんだ。
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[Anri]
なんで!
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[Tenkyouin]
正直に言うとね、見知らぬ場所へ行くのは恐くてね。それでも、進まなきゃいけない。進んでいきたいんだ。
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[Tenkyouin]
でも、杏里、あたしの弱さが、君を頼ってしまう。立ちすくんでしまった時、君のことを思い出して、引き返してしまうかもしれない。
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[Tenkyouin]
勝手だろう?そんな理由で、君を切り離したいんだ。
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[Tenkyouin]
じゃあね、杏里。
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[Tenkyouin]
こんなことを告げずに別れたかったよ。そうすればお互いに……。
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[Anri]
かなえさん!
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[Narration]
天京院の気配が、扉の前から離れていく。杏里は立ち上がって、ノブに手をかけた。しかし、ノブは、わずかに回り、そして、止まる。
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[Anri]
鍵が!?
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[Narration]
慌てて、パネルに飛びつく。しかし、どうキーを叩いても、錠のはずれる音は、いっこうに響いてこなかった……。
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[Narration]
開かれた船幅の扉の向こうに、陽光を跳ね返す海原が見える。
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[Narration]
洋上、快晴。その輝く太陽の光は、光ファイバーを通じて、このエントランスホールの天井からも降り注いでいた。
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[Narration]
遙かに見下ろす桟橋の先に、小さな船が泊まっている。あれが、自分を新しい世界へと連れていってくれる。
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[Narration]
そんなことを考えて、おかしさに笑う。あの曾祖母の家に帰った時も、あの船に乗ったではないか。
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[Narration]
こんなことを考えるのも、出発の心細さからだろう。適当に結論をとってつけて、天京院鼎は、一段づつ、ゆっくりと階段をおり始めた。
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[Narration]
おりながら、少しは、この船での思い出でも甦ってくるかとも考える。が、一向にそんなものは浮かんでこなかった。
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[Narration]
自分という人間の浅さかもしれない。それでも、女神像の待つ踊り場までの中程で、一度だけ、自分のおりてきた階段を見上げる。
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[Narration]
その瞬間、わずかに、天井からの光がかげった。
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[Tenkyouin]
────!?
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[Narration]
見上げる天井一面から、花が淡い影をつくり、ゆっくりと降ってくる。
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[Tenkyouin]
ああ……。
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[Narration]
思い出した。一度だけ、同じ光景を見たことがある。あれは……。
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[Tenkyouin]
……っ。
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[Narration]
落ちてくる花を呆然と見上げていたのもつかの間、天京院は再び、進み行く先、階段の続く下へと視線を戻す。そこには。
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[Anri]
……かなえさん!
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[Tenkyouin]
君か……。
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[Narration]
一つの決意が崩れていく諦めの中、胸の奥にわき起こる感情がある。
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[Tenkyouin]
どうして……。あの鍵は、夕方になるまで開かないはずなのに……。
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[Anri]
苦労したよ。でも、みんなに助けてもらってね。
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[Tenkyouin]
なるほどね。
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[Narration]
自分でもわかっていたはずだ。この杏里・アンリエットがその気になれば、船内に行けない場所などない。
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[Narration]
ならば、脱出することもわけないとも言えないか?
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[Tenkyouin]
この花も、君達か?
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[Narration]
一歩づつ、また、階段をおりる。杏里の待つ、踊り場へと。
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[Anri]
うん、ボク達から、かなえさんへ。
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[Tenkyouin]
言ったはずだ。あたしは、あのまま別れたかったって……。
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[Anri]
でもね、かなえさん。
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[Narration]
そして、君は言う。何をも恐れず、何にも怯まず。彼女が求めても触れることのできなかった答えを、いとも容易くあっさりと。
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[Anri]
旅人は何も持たずに、旅に出るわけじゃないと思うんだ。
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[Anri]
お願いだよ、かなえさん。かなえさんの進む未来に、ボクとの思い出も連れていっておくれ。
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[Anri]
もし、立ちすくむことがあったら、ボクのことを思い出して。きっとボクは、かなえさんに勇気を与えることができるよ!
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[Anri]
なぜなら、ボクもそうだから。迷うことがあったらきっと、かなえさんのことを思い出す。
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[Anri]
きっとかなえさんはボクを助けてくれる。だって、いつだってそうだったろう?
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[Anri]
ボクらは、進む道はちがうかもしれないけど、きっと、一緒に歩いているよ。
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[Anri]
それが……、ボクにとっての、かなえさんだったから……。
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[Narration]
まっすぐに天京院を見つめる杏里の顔がかすかにゆがむ。なにかをこらえながら、杏里は天京院に言葉を贈っていた。
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[Tenkyouin]
杏里……。
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[Narration]
ゆっくりと、天京院は杏里への距離を詰めていく。言葉を投げかけながら、ゆっくりと。
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[Tenkyouin]
あたしにとって、この学園は、学問と研究のための場所だった。
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[Tenkyouin]
すべては、そのために。誰かと出会っても、それは、すべてあたしの目的のための出会いなのだと、思っていた。
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[Narration]
幾度目かの繰り返された言葉。それでも怯まずに、杏里は、階段をおりてくる天京院を迎える。
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[Tenkyouin]
それでも。
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[Tenkyouin]
杏里、君と出会ったこの2年間は、あたしにとって、確かに黄金だった。
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[Tenkyouin]
振り返り、懐かしんだ時、間違いなく輝きを放つ、確かな黄金だろう。
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[Tenkyouin]
それは、いつかまた、君と、君達と会うたび、話すたび、何度でも幾度でも、きっと輝きを放つ。
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[Tenkyouin]
その確かさがあるから、あたしは、この船を旅立っていける。柄にもなく、そんなものを抱いて、新しい海原へとこぎ出していける。
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[Tenkyouin]
杏里……。
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[Narration]
君に、この、し尽くせぬ感謝と、万感をこめて。
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[Narration]
「じゃあね、杏里、元気で。定めずとも、 いつか、あっけないほどの再会を期して」
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[Narration]
そう言って、天京院は小船へと乗り込んだ。
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[Narration]
やがて、彼女を乗せた船はゆっくりと桟橋を離れ、そして、ゲートをくぐり、ポーラースターから遠ざかっていく。
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[Narration]
それは、もう、春と呼ぶには遅いながらも、陽光うららかな日の、別れだった。
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