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 3人は購買部通りのかたすみにある、居心地のよいバール(イタリア式喫茶店)にやってきた。
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 一番奥にあるカウンターにかけ、トラメッジーノ(サンドイッチ)をつまみながら、リードを問いつめる。
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 二人に挟まれ、スツールにかろうじてつま先立ちで座るリードは、やがて観念して語り出す。
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「アンは……アン・ボニーは、僕をつかまえた海賊の首領なんだ。……ちがう、本当は首領じゃない」
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 不安そうにリードは続ける。
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「首領は縞ズボンのキャリコだ。だけど……キャリコだって、他の誰だって、あいつには逆らえない」
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「……そう」
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 アイーシャが相槌をうつ。
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「それで、名前の似ているアンシャーリーと間違えたのね」
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「あら、女海賊? ヨーホー!」
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 アンの言葉に、リードは椅子から飛びあがる。
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「とんでもない! あのアイル野郎が女だって!? な、名前はたしかに女みたいだけど、あんな恐ろしい女がこの世にいたら、マリア様がお怒りになる!」
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 貿易船に乗り込んできた海賊のなかでも、先陣を切ってやってきたのがアン・ボニーだった。ピストルと斧をふりまわし、返り血に染まりながら───
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 そのアンが、金より宝石よりまず、目をつけたのは、すくんで身動きのとれなくなっていたリードだった。アンは、リードの手足をいともたやすく縛り上げ、強引に海賊船へと連れ帰った。
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 人知れず、アイーシャが眉をひそめる。
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 それに気づかぬまま、リードは続ける。
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「最後まで抵抗をして、結局殺された連中にくらべたら、幸運だったのかもしれない」
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 リードは自分を抱いて総毛立つ。
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「……だけど、あのソドム野郎に毎日、色目をつかわれて、もうぜんぜん生きた心地なんてしなかった」
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「それで、銃を盗んで船から逃げ出したの?」
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「あ……いや、あれはアンが───」
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 リードの口に、生ハムのトラメッジーノが押し込まれる。
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「ふごごごう!」
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「なあに、だいじょうぶなのです」
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 アンシャーリーがおおいに胸をはって請け合う。
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「このポーラースターは、海賊船なんて、がっつんがっつん蹴散らしちゃうんだから。比喩じゃなくて。リアルに」
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「ふふほ!」
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 リードはぶるぶると首を振った。
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「ふぁっ……いいや、来る! きっとまた来る! ものすごい執念深いんだ連中は。アン・ボニーは、絶対に来るよ……」
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 可哀想なほど、リードは震え上がっている。
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 アイーシャは考えをめぐらす。
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 リードを拉致した海賊アン・ボニーは、ソドミスト。いわゆる少年愛好者らしい。
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 しかし、ボニーが少年を好むからといって、リードが本当の性別を明かしてしまっていたら……
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 飢えた荒くれ男たちばかりの船だ。少女の身はひとたまりもなかっただろう。
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 アイーシャは、わななく少女の指にそっと自分の指を重ねた。
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「あなたは私が守る。リード」
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 青い瞳が、エメラルドグリーンの瞳と出逢う。
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 震えがしずまっていく。
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「男たちの好きなようになんて、絶対に、させない」
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「話は聞かせてもらったよ!」
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「ひいいっ」
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 リードは唐突に背後から抱きすくめられ、スツールからおどりあがった。
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 しかれども、アンシャーリーもアイーシャも、突然の訪問にまったく驚いた様子はない。
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 リードは歯をがくがくいわせながら、いきなり現れた人物とアイーシャたちを、きょときょと見比べている。
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「その人なら危険はないと思う……たぶん」
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「いくらナイショに進めようとしても無駄なのだわ。やれやれ」
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 彼女たちのぼやきも、当人は聞く耳もたず、豊かな髪に顔をうずめて悦楽の表情だった。
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「ん〜〜、はじめましてレディ? おめかししてもらったんだね。とっても素敵だよ」
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 わたわたと、目を白黒させるリードの脇で、ジト目のアンシャーリーが告げる。
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「リードは男の子よ?」
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「ふふっ……だーめ、騙されないよ。もうこうして、つかまえちゃったからには、なおさらね」
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 抱擁の手をゆるめないまま、杏里はしたり顔で話す。
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「知ってるんだ。昨晩の幽霊船からのお客さまだね? きみのこと、躍起になって追いかけたけれど、うまくまかれてしまったよ」
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「あっ……あんた……あの時の……」
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 リードも気づいてハッとした。
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「きみ、リードって言うんだね。ボクの名は、杏里・アンリエットさ」
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「あ……『アン』が二個もある!」
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「あたしは一個……負けた……」
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 その場でがっくり肩を落とすアンシャーリー。
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「杏里は、リードがすぐに女の子だって気づいたの?」
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 アイーシャが不思議そうに尋ねる。
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「もちろん一目でわかったよ」
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 名残惜しそうに、杏里は姿勢を正す。
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 ようやくその腕の中から解放されたリードは、よろよろとアイーシャにすがりついた。
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「その歩き方。体重の運び。細いくるぶし。ハスキーがかった、くぐもった叫び声──」
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 ひとつひとつの言葉に、杏里はジェスチャーをのせて語る。
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「それになにより、お菓子みたいな女の子の香り。それだけあれば、誰だって一目瞭然さ!」
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「か、香り……って……」
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 唖然とするアイーシャ。
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 その腕の中のリードも、むっと顔をしかめる。
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「さあそれじゃ、さっそく対策を練ろうじゃないか!」
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「えっ……何の?」
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 戸惑いがちにアイーシャが尋ねた。
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 杏里は板張りの床の上で、ステップを踏んでかけまわり、バールの入り口にシルエットとなって立った。
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「ジャ〜ン! もちろん、リードの歓迎パーティのことさ! 話はちゃあんと聞かせてもらったからね」
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 目が点になる三人。
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 あいや、アンシャーリーだけは無闇にワクワクしている。
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「みんなで、お揃いのバイキング帽をかぶって、ひと晩じゅう『ウ』と『ラ』の歌を輪唱する相談をしてたんだろう? そんな楽しいことわぷっ───」
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「このバカは放っておきなさい」
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「……ク、クローエ」
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 変なポーズでキメていた杏里を、壁にむけて張りとばし、クローエ・ウィザースプーンが顔を見せた。
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「リードさん、わたしもあなたの警護に一役買わせてもらうわ」
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 すでに事情に精通している様子で、クローエは単刀直入に切り出した。
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 リードはきょとんとして、クローエを見返した。
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 クローエもまた、ブロンドの少女の姿を、まじまじと見つめる。
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「私のわがままを、許していただけるかしら。アイーシャ」
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「許すだなんて……心強いです。でも、どうして……」
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 リードを知っているんですか?
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 そう、続けようとしたアイーシャに、クローエは伏し目がちに視線を送る。
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「わたしには、そうする義務がある」
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 胸のロザリオが、静かに握りしめられる。
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「そう。ウィザースプーンの名に恥じぬ行いをする、義務が……」
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