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[Narration]
並の国立オペラハウス丸々を吹き抜けにしたかのような、H・B・ポーラースター左舷エントランスホール。
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[Narration]
学生やその家族、来賓の送迎を引き受ける、そこは、船であり学園であり、また、世界有数のVIPが集まるポーラースターの表玄関だった。
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[Narration]
今、その門扉である船腹は開け放たれ、内港には引き込まれた海水をたたえている。
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[Narration]
そして、学園中央部からのび、そのホールを縦に貫く階梯の行き着く先、埠頭の端には、校章を船腹に刻み込んだ艀(はしけ)がつけられていた。
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[Narration]
すなわちそれは。
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[Narration]
この船を降りる者がいることを示していた。
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[Girl]
……え……?
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[Narration]
階梯の半ばで呼び止められた少女は、はるか頭上、学園へと続くエレベーターのある最上段を見上げ、目を見開いた。
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[Narration]
自分の見たものを疑っている。なぜ、その人物がそこにいるのか、理解できない表情。
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[Chloe]
ごめんなさい、遅れたわ。
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[Narration]
エレベーターの中で整えた息を、最後にもう一度、深呼吸しておさめると、クローエはゆっくりと、艀へ向けて下りていく。
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[-----]
ウィザースプーン先輩……。
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[Chloe]
クローエでいいわ。
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[Narration]
そう断ってようやく、たっぷり5階分はある階段を下りきって、クローエはニーナの側へと歩み寄る。
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[-----]
あの……、どうしてですか……?
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[-----]
今日のことは、手紙には書かなかったはずなのに……。
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[Chloe]
ええ、書いてなかったわね。おかげで、会いそこねるところだったわ。
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[-----]
じゃあ、どうして……?
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[Chloe]
たまたま聞こえたのよ。だから、まぁ、顔くらいは憶えておこうと思って。
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[Narration]
すっと、クローエは、自分の目線よりわずかに低い位置にあるニーナの顔を見据える。
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[Narration]
まぁ、平凡な顔立ちか。無遠慮に見つめ、失礼な感想をクローエは持つ。
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[Narration]
顔を真っ赤にして俯きもすれば、かわいくも思えるのに、戸惑いはあるものの、まっすぐこちらを見返してくる。
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[Chloe]
まぁ、嫌いになるタイプじゃなくてよかったわ。
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[-----]
え?
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[Narration]
その呟きはほぼ、口の中だけでおさまったらしい。ニーナには聞こえなかったようだ。
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[Chloe]
いいえ。手紙だけじゃわからなかったから。そう、手紙、読ませてもらったわ。そうね、その……。
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[-----]
あ、あの……!
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[-----]
あの手紙、本気じゃないんです!
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[Chloe]
……はい?
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[-----]
あ、いえ、本気だったんです、けど!
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[-----]
今はちがうというか、なんというか……。
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[-----]
私……! ウ……、クローエさんを困らせるつもりはなくって……!
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[-----]
あ、その、イタズラで手紙を書いたわけじゃないんです。ただ、でも、その……。
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[-----]
書き終えて、渡してしまったら、割とすっきりしてしまって……。
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[Chloe]
……はぁ。
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[Narration]
目の前で、少女の顔に、困惑とか恐縮とかの表情が浮かんでくるのがわかる。
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[Narration]
自分にも、少しだけ心当たりがある。思いの丈というものは、吐き捨ててしまうとすっきりするものだということが。日記とか、手紙とか、あるいは、高名な文学作品とか。
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[-----]
先輩のことは、とても、憧れていたんです、ずっと! た、ただ、その、あんなふうに気持ち悪く思われるようなものじゃなくって……。
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[Chloe]
別に、あなたの手紙は、気持ち悪いもんじゃなかったわ。それだけは、本当。
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[Chloe]
むしろ、気に入ったわ。あ、その、変な意味じゃなくてね。
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[Narration]
言いながら、苦笑がもれる。きっと今、ここ数年、「他人」には見せたことのない顔をしている。
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[Chloe]
時間、ある? 少しだけ、話をしましょう。
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[-----]
結婚するんです、私。
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[-----]
婚約自体はずっと前から決まっていたんですけど、いろんな事情で、ちょっと結婚が早まってしまって……。
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[Narration]
よくある話だ。そのいろんな事情なんて別に聞きたくもない。彼女も特に話しはしなかった。
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[-----]
あ、相手の方とは、ちゃんと会ったこともあるんです。その、年が12才離れてるけど、悪い人じゃないです。
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[-----]
たぶん、結婚してからちゃんと好きになれると思います。
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[Narration]
別に嘘をついているわけでもないのだろう。繰り返すけど、よくある話だ。別にいい、彼女が納得しているなら。
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[-----]
ただ……。
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[Narration]
納得しているなら。
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[-----]
なにか、忘れているような、気がしてしまって……。
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[-----]
学園をやめることは、仕方がないです。結婚も、いやじゃないんです。
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[-----]
でも、どうしても気持ちがおさまらなくって。つい、あんな手紙を……。
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[-----]
どうして、あんなことを……。クローエさんに手紙を渡すまでは、すごい、舞い上がっていたのに……。
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[-----]
あの後、部屋に戻ってから、急に、どうして、こんなことをしてしまったんだろうって……。
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[Narration]
もう限界だった。じわじわと積み上がってきたものをこらえられず、そこで吹き出すと、彼女は目を丸くして驚いた。
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[Chloe]
ご、ごめんなさい……。あなたのことを馬鹿にして笑っているわけじゃないんだけど……。
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[Chloe]
……どうにも我慢できなくて。
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[-----]
あの、やっぱり、私が変な手紙を渡したから。
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[Chloe]
まぁ、あなたみたいな人からもらうなら、ああいう手紙もたまには悪くないわ。
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[-----]
はぁ……?
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[Chloe]
やっぱり、見送りにきてよかったわ。
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[Chloe]
あなたにとって、この船で最後の友人に、私はなれたんだから。
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[Narration]
小さくなっていく艀、閉じていく扉を、クローエは桟橋に立ったまま、見つめていた。
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[Chloe]
結婚式への参列は、まぁ、無理でしょうけど。
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[Narration]
もう、水平線をほとんど隠してしまった、外洋へと続く門を見やり、つぶやく。
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[Narration]
同じ言葉を、ほんの少し前、ニナに告げた。もう一度、今、繰り返しているのは、その時の気持ちを自分の中で味わうためだ。
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[Chloe]
「あなたの幸せを祈るわ。この船でできた、あなたの最後の友人として」
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[Chloe]
「とりあえず、あなたの結婚を祝い、それが幸せであることを。そして、どのような形であれ、あなたの人生が幸せであることを」
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[Narration]
うん、悪くない。素直にそう告げられた、そう思う。そう祈る。
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[Narration]
ニナ、あなたが幸せであれば、あなたの幸せを祈ることができるのなら、あなたが幸せであると信じられるのなら。
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[Chloe]
言っておいた方がよかったかしら……。
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[Chloe]
この次、もしまた、あなたが手紙をくれるのなら。
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[Chloe]
……巡り合わせが悪い時は、やめてちょうだいって。
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[Chloe]
幸せを祈った甲斐がないもの。
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[Narration]
割と勝手なことを呟いている。そう思い、苦笑して、クローエはもう閉じきった扉に背を向けると、静かに階段を上っていった。
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List of all oneshots
List of all series

(Recent Oneshots)

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That Red on Me
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Summer Fuse
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Anaerobic Love
Missing Rink Side:Shuri
Missing Rink Side:Rina
Heart Pendant

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The Rain and the Other Side of You
Hana ni Arashi
Kakegurui Yorozu
Tsubakuma!
Someday, We'll Get There
Honto no Kokoro
Hayate X Blade
Motto Hanjuku Joshi
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