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[Eliza]
──ご注文は、いかがいたしますか?
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[Narration]
イライザはいま、休憩時間を利用してカフェテラスのアルバイトに励んでいた。
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[Narration]
彼女の仕事は本来、学生の身の周りの世話である。
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[Narration]
掃除、洗濯、雑用と、言いつけられた仕事なら、ほとんど何でもこなす。
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[Narration]
もちろん職員としての規律があるのでそれに反しない限り──となるのだが、学生の権限が強いこの学園では犯罪以外断りにくい風潮があった。
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[Narration]
結果として彼女たちはいつも忙しい。丸1日というしっかりした休みは、実質上ほとんど無いに等しかった。
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[Narration]
アルバイトというのは、そんな彼女たちが独自に取り決めている、他のメイドの仕事を有料で代替する制度である。
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[Narration]
休んでも特にすることのない者や、イライザのように本当にお金に困っている者にとっては、ありがたい仕組みだ。
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[Eliza]
──かしこまりました、少々お待ちください。
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[Narration]
オーダーを取り終えて席を離れると、ファーストクラスの一団がこちらを指さし、ひそひそと話している。
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[Eliza]
(会話の内容は──まあ、わかっているけど)
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[Narration]
彼女が元学生であることは、セカンドクラスの元同級生の間では周知の事実だ。
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[Narration]
しかし、ファーストではまだ知らない学生も居るのだろう。時々、ああして見物に来るのがいる。
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[Eliza]
(わざわざ見るほど面白いものじゃない と思うんだけどねぇ……)
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[Narration]
そちらに笑顔を向けてやると、彼女たちはサッと視線をそらせて黙ってしまった。
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[Narration]
まだまだ可愛げがある──と、内心でほくそ笑む。
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[Narration]
少なくとも1年前の自分なら、こんな余裕のある態度を取るメイド──折檻せずにはおかなかったろう。
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[Narration]
──ふと、彼女は思いだしていた。あの、運命が変わった日のことを……。
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[Eliza]
──メイド、ですって!?
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[Principal]
うん。
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[Narration]
父の破産と莫大な借金の存在を知らされ、目がテンになったまま半日をぼうっとしていたイライザは、学園長の申し入れに唖然とした。
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[Eliza]
わ、私に、この学園の使用人になれ、と仰るのですか!?
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[Principal]
メイドは、教師と同じ正規の職員だよ。
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[Eliza]
同じことです!この学園は、あくまで学生のために存在しているのですから!
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[Narration]
それは、あながち尊大な勘違いというわけでもなかった。
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[Narration]
確かにH・B・ポーラースターには、すべての職員は学生に仕える者という風潮が──特に一部の学生側に──あった。
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[Principal]
まあ、退学になったからメイドになれというのは、屈辱に感じるかもしれないけどねぇ……。
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[Eliza]
……まだ、退学ではありません。
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[Eliza]
今期の学費は払われていますから、あと1ヶ月は……学生です。
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[Narration]
イライザの弱々しい返答に学園長は頷いた。
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[Principal]
まあね。つまり、1ヶ月後には学生でなくなって、この船への乗船権利を失う。
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[Eliza]
えぇ……わかっております。その時はいさぎよく船を降りる覚悟でおりますから……。
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[Narration]
あくまで毅然とした態度を崩さないイライザに、学園長はむしろ楽しげに伝えた。
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[Principal]
その意気やよし──なんだけど、ちょっと陸には困ったことがあるみたいよ?
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[Eliza]
……なんでしょう?
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[Principal]
あんたのお父さん、破産するときにずいぶん色んな人や企業を巻き込んだらしいのね。
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[Eliza]
ええ……知っております。
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[Principal]
その中に、かなりタチが悪くて執念深いのが混じってたらしくてね。
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[Principal]
破産と同時に行方をくらませてしまったご両親のかわりに、あんたの身柄を押さえようとしてるらしーんだわ。
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[Eliza]
──なっ!?
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[Principal]
人質にするのか、それとも腹いせに娘を殺っちゃおうってのか、それは知らないけどさ。
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[Principal]
どっちにしても、あんまり楽しくない未来が広がってそーよ?
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[Narration]
イライザは目の前が真っ暗になって、何も言えなかった。
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[Narration]
この船を降りても、もう彼女には帰るべき家もなく、家族は行方不明。
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[Narration]
しかも復讐に燃える連中が、手ぐすね引いて待ちかまえている。
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[Narration]
曾祖父の代までは爵位さえ持っていた、ランカスター家の一人娘が、なぜこんなことにならねばいけないのか……。
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[Principal]
……でもね。
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[Narration]
今にも倒れそうなイライザに背を向けたまま、学園長が続ける。
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[Principal]
この船のメイドとして残るなら、あんたは船を降りる必要がないし……しかも、ここはある種の治外法権だ。
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[Principal]
たとえ国王や大統領だって、簡単には口も手も出せない。
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[Principal]
おまけにメイドの仕事は忙しくて、人出はいつも足りない状態。
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[Principal]
さらにさらに……。
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[Eliza]
──わかりました。
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[Narration]
イライザは延々と続きそうな学園長の言葉をさえぎった。
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[Eliza]
お話はよくわかりました──ちゃんと理解していると思います。少し、考える時間をください……。
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[Principal]
ああ、よく考えてちょーだい。
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[Principal]
あと、1ヶ月もあるからさ。
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[Narration]
──はっ、と我に返ると、周囲は喧噪に包まれていた。
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[Narration]
どうやらビジターズクラスの一団がやって来たらしい。
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[Narration]
忙しくなりそうだ──と、カウンターに向かいかけ、イライザはテラスのはじに座る杏里を見つけた。
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[Narration]
なにやら、寂しそうに座っている。悩み事でもあるのだろうか?
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[Narration]
しばらく考えて、イライザは側に寄るのをやめた。
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[Narration]
時に静かに放っておくことも、メイドの大事な仕事であると、彼女は体験の中から掴んでいた。
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[Narration]
杏里ならば大丈夫──確信を込めて、おせっかいをやめておく。
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[Narration]
もう一度、ちらっと振り返り、イライザは自分の仕事に戻っていった。
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[Eliza]
杏里様。
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[Anri]
──ああ、イライザ。
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[Narration]
何やら考え込んでいた杏里は、イライザが目の前に立つまで気がつかなかった。
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[Eliza]
事件のことで悩んでいらっしゃるのですか?
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[Anri]
いや……。
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[Narration]
杏里の眼差しは、ビジターズクラスの少女たちに向けられていた。
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[Anri]
彼女たち、もうすぐ下船だろう?
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[Eliza]
はい……?
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[Anri]
あの子たちも最後の思い出を欲しがってる今がチャンスなのに……。
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[Anri]
ボクはこんな冤罪のせいで、忙しい身の上ときた。
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[Anri]
イライザ、神さまはなんと残酷なんだろうね!?
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[Eliza]
まぁ──。
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[Narration]
イライザはちょっと呆れたが、すぐに笑顔で言った。
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[Eliza]
そう落ち込まずに、何事も前向きに考えることですわ、杏里様。
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[Eliza]
神さまはいつだって、意外なところに幸運を用意してくれているものですよ。
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[Anri]
……そうかな。
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[Eliza]
ええ、そうですとも。
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[Narration]
確信を込めてイライザは呟いた。
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[Eliza]
(少なくとも、私はそうでした)
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[Narration]
眩しそうに杏里を見る。
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[Narration]
その視線に気づいたのか、杏里は怪訝な顔をしていた。
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[Anri]
どうかした?
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[Eliza]
──いいえ。それでは杏里様、私は仕事に戻りますので。
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[Anri]
あ、うん。
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[Narration]
イライザは一礼してテーブルを離れた。
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[Narration]
そして、胸を張って職場に戻っていった。
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List of all oneshots
List of all series

(Recent Oneshots)

Isn't It Fine To XX Freely
That Red on Me
First Love Mint Blue
Summer Fuse
Girl Who Can't Say No (Daga Kotowaru)
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Anaerobic Love
Missing Rink Side:Shuri
Missing Rink Side:Rina
Heart Pendant

(Recent Series)

The Rain and the Other Side of You
Hana ni Arashi
Kakegurui Yorozu
Tsubakuma!
Someday, We'll Get There
Honto no Kokoro
Hayate X Blade
Motto Hanjuku Joshi
Yuunagi Marbled
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