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[Narration]
舳先から、二人の少女が吊り下がっていた。
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[Narration]
巨船HBポーラースター、彼女達は、実に水面から20メートルのところにぶら下がっていた。
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[Narration]
外洋の強風にあおられて、髪とドレスがなびく。体が揺れる。
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[Narration]
落ちればひとたまりもないだろう。下は海とはいえ、この高さにくわえ、豪華船にあるまじき速度で進むポーラースターが待っている。
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[Narration]
文字通り、海の藻屑となれるだろう。
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[Narration]
そんな場所に、アイーシャを抱えたまま、杏里は腕一つでぶら下がっていた。
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[Aisha]
な、なんてこと……。なんてバカな人なの、あなたって……。
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[Anri]
自分でもびっくりしてる。かなりスリリングだったよ。
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[Aisha]
スリリングどころじゃないわ。……すぐに、私から手を離して。私をこのまま下に降ろして。それから、這い上がるなり、助けを呼ばないと……。
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[Anri]
ここから叫んでも、きっと誰にも聞こえないよ。
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[Aisha]
じゃあ、早く私を……。
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[Anri]
アイーシャ!
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[Narration]
杏里の声がアイーシャの言葉を阻んだ。
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[Anri]
よければ手を、貸してくれないかな?その、けっしてキミが重いと言ってるわけじゃないんで、気を悪くしないでほしいんだけど……。片手じゃ、疲れて。
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[Aisha]
だから言ってるでしょう。私を離して!
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[Anri]
それは、できない。
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[Aisha]
なぜ……、きゃあっ!?
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[Anri]
くぅ!
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[Narration]
杏里の小指が舳先から外れた。それだけで、二人の体は激しく揺れた。とっさにアイーシャは両腕を天に向かって伸ばす。
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[Narration]
杏里は力をふりしぼって、抱えたアイーシャの腰をわずかにひきあげる。アイーシャの手は舳先にかかった。
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[Anri]
……ふぅ、助かったよ、アイーシャ。
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[Aisha]
……はぁ、はぁ。こ、これですぐには落ちたりしないわ。さあ、杏里、今のうちに甲板にあがって。
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[Anri]
レディの先をゆくなんてできないよ。
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[Aisha]
……先に上に行って、私を引き上げて。
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[Anri]
騙されないぞ。
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[Aisha]
……このままじゃ、二人とも落ちるわよ。
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[Anri]
それは困ったなぁ。
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[Aisha]
いい加減にして! 私のことはほっておいてよ!
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[Narration]
アイーシャはついに声をはりあげる。
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[Aisha]
あなたが突き止めたとおりよ、さっき私が言ったじゃない!
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[Aisha]
私は、レイプ犯なのよ! 襲った人達にとっては、この世からいなくなった方がいいに決まってる!
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[Aisha]
こんな女が死んだって誰も悲しんだりしないわ!
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[Anri]
……ボクが嫌だもの。
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[Anri]
ああそうだ、ボクが嫌だ! 絶対に嫌だ!
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[Anri]
キミがこの世からいなくなる? それもボクの目の前で? そんなのごめんだ。
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[Anri]
ボクはキミの体を離さないぞ。アイーシャ、死にたかったら手を離せばいい。でも、その時はボクも一緒だ。落ちよ、もろともに。
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[Aisha]
なんで杏里が私と死ななきゃならないのよ!
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[Anri]
キミのいない世界に意味がないって気づいたからさ。どうあってもキミとともにある。そう決めたんだ。だから、絶対に離さない。
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[Aisha]
お願い、離して!
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[Aisha]
あなたの知ってるアイーシャじゃないのよ、私は! 犯罪者なのよ! 罪を償う意気地もない……!
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[Aisha]
逃げたいのよ……、もう。
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[Aisha]
あなたを騙してたの。あなたのいうような女じゃなかったの。そんな女の子にはなれなかったの……。
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[Aisha]
杏里、お願い……。あなたの腕を私から離して……。私の罪は、許されないものなのよ……。
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[Anri]
ボクが許す。
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[Anri]
ボクだけは、キミの罪を認め、それでも許す。キミの心にある償いをいつだって見守ることを誓う。
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[Aisha]
……!
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[Anri]
ここでキミが手を離すなら、ボクもその罪と共に海に沈もう。這い上がるのなら、力をあわせよう。
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[Anri]
アイーシャ、キミの告白はすべてボクが聞いた。キミが誰にも話せなくても、ボクだけはちゃんと知っている。
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[Anri]
キミがどれだけ苦しみ、なぜ、罪を犯したのか。償いの気持ちも、死を選ぼうとした決意も、みんな、ボクは聞いた。
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[Anri]
その罪を許したボクの前で、キミはただの少女だ。ボクの最愛の少女だ。だから、キミとともにあるよ。死も生も罪も罰も、キミとともに受けよう。
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[Aisha]
……そんなこと、そんなこと、できるはずないもの……。
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[Anri]
そう思うなら、手を離せばいい。
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[Aisha]
できないわよ!
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[Anri]
だったら、手を離すな! 這い上がろう!どこに逃げてもかまわない。でも、ボクと一緒にだ!
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[Narration]
アイーシャは目を閉じる。ゆっくりと、そしてやがて強く。涙が大粒となって頬をつたう。
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[Aisha]
……う、うあぁ……!
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[Narration]
アイーシャは叫んだ。か細い腕に力を込め、自らの体を持ち上げようとあがいた。
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[Narration]
それは逃避だったのかもしれない。杏里が、自分を飲み込もうとする存在に思え、逃れようとしたのかもしれない。
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[Narration]
しかし、確かにアイーシャは自分の力で這い上がることを選択した。杏里も、それに応え、アイーシャの体を押し上げようとする。
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[Narration]
二人の少女が、絶地からの脱出を果たそうとしていた。もがき、あえぎながら、這い上がろうとする。
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[Narration]
すでに、限界に近い細い腕に必死に力を送って。
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[Aisha]
……はぁ、はぁ……。
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[Narration]
やっとの思いで二人は甲板に這い上がった。アイーシャは座り込み、うなだれたまま、大きく息をついていた。
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[Narration]
そのアイーシャの手に、杏里はそっと自分の手を重ねた。
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[Anri]
アイーシャ、ちょっとだけ、顔をあげてごらん。
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[Narration]
耳元で囁かれた杏里の言葉に、アイーシャはゆっくりと顔をあげる。自分を見つめる杏里の顔が、少しだけ傾き、後ろを振り返るように促している。
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[Aisha]
あ……。
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[Narration]
海原に半身をうずめた太陽が、周囲全てを朱色に染め上げる光を放っている。
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[Aisha]
ぁ……。
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[Narration]
アイーシャの目から涙が落ちる。口からは嗚咽が漏れる。
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[Narration]
たった今、罪を認めながら、生きることを選んだ。こんな醜い存在にも、陽は、変わらぬ光を投げかけるのだ。
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[Narration]
強く、強くならなければ、この中にはいられない。
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[Narration]
夜の色が濃くなっていく中で、このまま何の決意も持てぬままでは、二度とこの光景を見ることはかなわないだろう。そう思える。
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[Narration]
なおも持たざる自分の心は残酷な現実、それを覚えてよろめきそうになる。立ち上がる、力など無いのに。
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[Aisha]
……ぁ。
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[Narration]
重ねられた手の力強さを知覚する。振り返ると、自分のすべてを見つめる瞳があった。
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[Narration]
この人は自分のすべてを知っている。すべてを知ってここにいる、手を重ねてくれる。
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[Narration]
こらえられなかった。求めるように、喉をそらせた。その唇を、杏里は受け止めた。
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[Aisha]
……、…………。
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[Narration]
嗚咽を殺しながら、アイーシャは杏里と唇を重ね続ける。
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[Narration]
頬を涙がつたう。途切れることなくつたい落ちる。
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[Narration]
互いの鼓動を近くに聞きながら、二人は陽が沈むまで口づけを続けていた。
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[Narration]
その夜、二人は杏里の部屋でいくども肌を重ねた。
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[Narration]
絶頂を迎えてもなお、飽くことなく相手を求め続けた。
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[Narration]
いつまでもいつまでも。やがて、空が白み始めるころ、まるでその光を畏れるように、二人は眠りの中に沈み込んでいった。
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List of all oneshots
List of all series

(Recent Oneshots)

Isn't It Fine To XX Freely
That Red on Me
First Love Mint Blue
Summer Fuse
Girl Who Can't Say No (Daga Kotowaru)
Cubic Starship
Anaerobic Love
Missing Rink Side:Shuri
Missing Rink Side:Rina
Heart Pendant

(Recent Series)

The Rain and the Other Side of You
Hana ni Arashi
Kakegurui Yorozu
Tsubakuma!
Someday, We'll Get There
Honto no Kokoro
Hayate X Blade
Motto Hanjuku Joshi
Yuunagi Marbled
Strange Babies