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[Narration]
───十数分後、二人は馬上の人となっていた。
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[Narration]
広葉樹の並木に囲まれた、牧場のただなかを二頭が行く。
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[Narration]
小柄なソヨンは、杏里と一つの鞍を分け、手綱を握る腕の合間にすっぽりと収まっていた。
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[Soyeon]
わぁ……っ
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[Anri]
どう?
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[Narration]
緊張と歓喜の入り交じった、なんともいえない表情で、ソヨンは馬上からの眺望を満喫した。
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[Soyeon]
もう、何ていったらいいんだろ!こんなに空が近いなんて……!
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[Soyeon]
すごい……感動ですよ。
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[Narration]
最初、ぎごちなくバラバラに揺れていた二人は、すぐにリズムを掴みとり、馬体の大きな揺れにそろって合わせられるようになった。
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[Narration]
牧場をゆっくりとまわる常足(なみあし)に馬も馴れ、片手で御せるようになると、杏里はもう一方の腕で、細い少女の体を支えた。
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[Narration]
馬体のぬくもりよりもなお近く、ソヨンの吐息と鼓動が在る。
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[Narration]
これまでになく、ソヨンを間近に感じられる。杏里にとってもまた、感動と至福の時だった。
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[Narration]
頬に心地よい風を受けながらソヨンが語りかけた。
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[Soyeon]
鞍をお借りできて、よかったですね? 厩務員さん、ちょっと怒っていませんでしたか?
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[Anri]
そうかな? いつもあんな感じで、ぶっきらぼうだけど。別に、悪い人たちじゃないよ。
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[Soyeon]
でも、突然杏里さんがいなくなって、乗馬服で現れた時は、もう、びっくりしました。
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[Anri]
あはは。うん。ちょっとソヨンを驚かせたくなってさ。
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[Soyeon]
とってもお似合いですよ。いいなあ、憧れてしまいます。
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[Anri]
きみだってきっと似合うさ。
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[Soyeon]
だ、だめですよっ。あたしはこんな、小っちゃいから───
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[Soyeon]
制服も、なんだかちんちんくりんで、恥ずかしいんです。
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[Anri]
(ははあ。授業以外を、ほとんどチョゴリで過ごしてるワケはそれか)
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[Narration]
しかし、チョゴリ姿をいたく気に入る杏里は、彼女を制服スタイルに目覚めさせるような事は、決して口には出さない。
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[Soyeon]
杏里さん、ありがとうございます。
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[Anri]
なんだい?
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[Soyeon]
この子を一緒に連れてきてくれたじゃないですか。
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[Narration]
脇を併走している、鞍を空にした馬へ二人は目を向けた。
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[Anri]
うん。きみが乗るはずだった馬だね。すごく気に入っていたみたいだからさ。
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[Soyeon]
本当は杏里さんと並んで走れたら、最高だったろうなあ……
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[Anri]
とんでもない!
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[Soyeon]
えっ?
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[Anri]
いやまあ、乗馬なんてすぐ慣れるよ。要は愛情と信頼さ。
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[Soyeon]
そっか……この二頭も、とっても仲良しそうですよね? もしかしてカップルかな?
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[Anri]
うん。きっとそうだね。
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[Anri]
(この牧場には牝馬しかいないけど)
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[Narration]
もちろん口には出さない。
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[Narration]
たてがみに手を伸ばすソヨンを、杏里は愛おしげに見つめる。
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[Narration]
その姿もだんだんとかげりを帯び、見分けることが難しくなってくる。
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[Anri]
ああ……もう陽が見えないや。
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[Narration]
丘のふちに、複雑な赤い光条が伸びていく。
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[Anri]
最初から、ここで待ち合わせるようにしておけばよかったかな。
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[Soyeon]
ごめんなさい。あたしのせいで。できたら、カフェ以外の場所をお願いしようとしたんですけど……
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[Anri]
いいんだよ。ボクが強引に決めてしまったんだから。その時はすごくいいと思ってさ
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[Anri]
でも、ソヨン?カフェーはまだしも、すぐお隣の購買部通りにも近づけないんじゃ、いったいどうするんだい?
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[Anri]
何も買い物をしないわけにもいかないだろう?
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[Soyeon]
それは、あの、防風シャッターの閉まった時を見はからって……
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[Anri]
……閉店まぎわじゃないか。日本人とドイツ人以外の店主だったら、問答無用で追い出されるよ?
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[Anri]
第一、それじゃ不便すぎる。
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[Soyeon]
つ、通信販売とか。
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[Narration]
杏里は眉をよせた。
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[Anri]
週に二便のはずが、しょっちゅう一便になったり0便になったりする配達を、待ってるって?
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[Narration]
杏里がぐいぐいと額を押しつけると、少女は、いっそう小さくちぢこまった。
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[Anri]
ふぅ……隠したりしないで言ってくれればよかったのに。
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[Anri]
ボクはそんなこと全然気にしないし、むしろ喜んで協力するのに?
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[Soyeon]
でもあたし……杏里さんに、おかしな子だって思われたくなくて……
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[Narration]
ソヨンの背にまわされた腕に、ぐっと力がこもる。
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[Anri]
そんな事を言うソヨンこそ変だ。
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[Soyeon]
すみません……
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[Anri]
すぐ謝るのも、よくないよ。他の、箱入りに育ったお嬢様たちに比べたら、きみはちっとも変なんかじゃない。いきいきとした魅力に輝いてるよ。
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[Soyeon]
…………
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[Anri]
きみがいつも背を正して、きちんとしよう、努力家でいようとしてることは、とっても偉いと思うよ。
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[Anri]
けれど、いったいきみ自身は何に向かって努力しているんだい?
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[Anri]
……そう。きみの夢を聞かせておくれよ。未来のファン・ソヨンの姿を。
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[Anri]
それがどんなに荒唐無稽なことでも、ボクは絶対に笑わないから。
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[Narration]
だが杏里の真剣な眼差しを避けるかのように、ソヨンはうつむいた。
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[Anri]
さ、ソヨン。きみの夢は?
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[Soyeon]
あ、あたしは……
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[Soyeon]
あたしは、何も、ないんです。夢なんて、ありません。
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[Anri]
夢が無い?
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[Soyeon]
ただ、父様や、母様や、兄様たちから、家族の誇りと思われるような、立派な女性になりたいんです。
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[Anri]
……よくわからないな。それは、いいお嫁さんってことかな?
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[Soyeon]
たぶん母は、そう願っていると思います。けど……
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[Anri]
違うんだね? きみ自身はそうでは無いと。ソヨン、きみのやりたいことは他にあるんだ……
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[Anri]
そうだな……きみは体を動かすことが、とても好きだと言ったね。スポーツ選手に憧れたりはしないのかい?
>

[Soyeon]
いえ……憧れるというか、格好いいとは思いますけど、自分がなりたいのとは、違います。
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[Soyeon]
確かに、以前からテニスとか、ラクロスとか、スカッシュとか、あと、テコンドー……は格闘技だけど、色々なスポーツをやりました。
>

[Soyeon]
けど……
>

[Anri]
……けど?
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[Soyeon]
あたし、いつだって、必ず二番なんです。どんなに頑張っても、一番になったことがないんです。
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[Soyeon]
父様は、次はきっと一番になれるって言ってくださったのに……あたしは……一度だってその期待に、応えられたことが無いんです!
>

[Soyeon]
勉強なんて、もっと駄目で、もう全然っ。
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[Anri]
そっか……
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[Anri]
(万年補講のボクに比べたら全然マシだけど……そういっても安心する彼女じゃない……)
>

[Anri]
……自分に何ができるのか、わからないで迷っているんだね。
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[Anri]
でも、何か一つに定まらない、そんな自分がふがいない、とも思っている。
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[Soyeon]
……はい。あたしはきっと頑張りが足りないんです。
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[Anri]
じゃあ、何でもいいから一番になりたい?いつまでも二番に甘んじている自分が口惜しい?
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[Soyeon]
……
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[Anri]
それも、きっとちがう。きみは別に、人の上に立ちたいなんて欲しちゃいないんだろ?
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[Anri]
ただ、そうしないと、家族に認めてもらえない。それが口惜しいんだ。
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[Anri]
ふうん……ひどい父親だな。きみを見えない糸で、がんじがらめにしているんだ。
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[Narration]
すると杏里と出会って初めて、ソヨンの瞳に怒りの色が浮かんだ。
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[Soyeon]
いえ、父様は本当に立派な方です! あたしには、好きなことをしていい、と言ってくれました!
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[Soyeon]
尊敬しています。あたしは父様の期待に応えたいんです! だから、もっとしっかりしなくちゃ駄目なんです!
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[Anri]
でも、そこにはきみ自身がいないじゃないか!?どうしてそんなに焦らなきゃならないんだ?
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[Narration]
ソヨンは燃えるような瞳で杏里を見据え、杏里もたじろぐことなく、それを受け止めた。
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[Anri]
はっきりした目標も無く、どうしてそんなに頑張れる? ボクにはどうしてもそこがわからないよ。
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[Anri]
ボクはこう思う。いつも二番だったのは、きみに才能が無かったからじゃない。
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[Anri]
そうして優越感を感じることに、どこか罪悪感があるからだ。違うかい?
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[Soyeon]
それはっ……
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[Narration]
ソヨンは言葉を続けられず、鞍の上に視線を落とした。
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[Anri]
そう……それに、まだわからないことがある。
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[Anri]
ソヨンはこんなに馬が好きなのに、どうして乗馬のレッスンを取らなかったの? ファーストには、その授業があるはずだ。
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[Anri]
単位は取れるだけ取ったって、言っていたよね?
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[Soyeon]
そ、それは、伝統礼法の時間と重なっていたから……だから……っ
>

[Anri]
乗馬よりも、礼法の授業の方が、自分に向いていると思ったの?
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[Anri]
まさか。ボクの知っているソヨンは、そんなことを願ったりしない。誰にも、気さくで、気取ったりなんか絶対にしない。
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[Anri]
今日出会った時のきみの横顔も、そんなことは願ってはいなかった。今では後悔している、違うかい?
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[Soyeon]
いいえっ、後悔なんて…………っ
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[Narration]
ソヨンはぎゅっと唇を噛んだ。怒りに声が詰まった。だがそれ以上に、杏里の言葉に心がゆらぎ、彼女自身、胸にうずまくものを現す言葉を失ってしまっていた。
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[Anri]
…………ふぅ……
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[Narration]
杏里はゆっくりと息を吐くと、瞼を伏せ、もういちど今度はとても優しく、自分の額とソヨンの広いおでこを触れさせた。
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[Soyeon]
……杏里さん……
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[Anri]
きみを責めたりするなんて……辛いよ……
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[Anri]
でも……きみが何か見えないもののために、自分を苦しめる様を見るのは、もっともっと辛いんだ……
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[Anri]
……ごめんよ。きみの家族を悪くいうつもりは全然なかったんだ。
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[Soyeon]
あたしこそ……ごめんなさい。
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[Soyeon]
すぐカッとなって……駄目ですね……短気で……
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[Anri]
…………ううん、素敵だよ。
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[Anri]
怒り顔は、露ほどもキミの魅力を曇らせやしない。
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[Anri]
勇ましい小さなソヨン……
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[Narration]
しばらくの沈黙のあと、そっと額を離して、杏里が口を開いた。
>

[Anri]
忘れてた。きみに、お礼を言いたかったんだ
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[Anri]
昨夜は……どうもありがとう、ソヨン。
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[Soyeon]
え?
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[Narration]
両手のふさがっている杏里の前髪を直してやりながら、ソヨンはキョトンと目を丸くした。
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[Anri]
ほら? アルマ・ハミルトンの部屋で、付き人のオバさんから、ボクをかばってくれたろう?
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[Soyeon]
み、
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見てらしたんですか!?
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[Anri]
うん。ボクも、キミと同じようにアルマに会いに行ったんだ。
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[Soyeon]
そうだったんですか。もう……
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[Soyeon]
杏里さんには、恥ずかしいところばかり見られてます……
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[Anri]
あはは。ボクにも予想外だったよ。水が苦手だったり、しょっちゅうたんこぶを作ったり、こんなにそそっかしいなんて。
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[Soyeon]
はぁ〜……
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[Narration]
かあっと火照る頬を抑えたソヨンに、杏里はわなわなと全身を震わせた。
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[Anri]
(駄目だよソヨン。そんな顔をしたら、ボクは、ボクは───ッ)
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[Anri]
ソヨンッ!
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[Narration]
杏里は両手でソヨンを抱きしめると、隣の馬の上に押し倒した。
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[Soyeon]
きゃああッ、
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杏里さん!落ちますっ!
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 手綱、手綱っ!
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[Anri]
わったたたっ!
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[Narration]
夢中でキスの雨を降らせんとしていた杏里は、落馬寸前、なんとか思いとどまる。
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[Narration]
そんな二人のもとに、厩舎から口笛が聞こえた。
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[Soyeon]
あ……厩務員さんが……
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[Anri]
呼んでるみたいだね。もう時間か……でも、もうすこしだけ。いい?
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[Soyeon]
実はあたしも。乗馬がこんなに楽しいなんて、知りませんでした。
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[Anri]
くすっ、じゃ決まり───ハイヤッ!
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[Narration]
併走していた馬の手綱を放すと、二人を乗せた馬は駆け足で走り出した。
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