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こんなのは、いつものこと。
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誰かから仕事を頼まれて、それを終えて教室へ戻ろうとしたその足で、また頼まれ事されて、それが運び仕事だってことも、いつものこと。
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今日はその頼まれ事が、二重三重にも重なってないだけでも、ずいぶんと気楽な方。
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相原美紀
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とはいっても、これは……、ね、ちょっと……。よいしょ……!
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手の中からすっぽ抜けそうになる、ダンボール箱をどうにか支え直せば、今度はその重みで中身の方が抜けそうになってしまう。
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ダンボールの中身は、生物の資料の冊子。上質紙の冊子は、同じかさのプリントの束より、はるかに重い。
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これを二階まで運べっていうのは、まあ確かにいつものことなんだけど、さすがにこの重さは大変かも。
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一度下ろして、ひと休みしようかしら、と心が折れそうになった時、ふっと箱の重みが軽くなる。
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稲本美夕
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手伝うわよ、美紀。
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誰かが対面から支えてくれてるのだと気付いて、顔を上げれば、そこにはよく知った顔。
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相原美紀
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美夕! あ、いいのよ、わたし一人でも運べるから……。
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稲本美夕
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強がらない方がいいわよ。これ、そうとう重いじゃない。運動部の人間だって一人じゃきついと思うわ。
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ダンボールを支えてくれる手はしっかりとしていて、遠慮しても離してはくれそうにない。そして、確かに二人だとずいぶん楽になって。
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美夕。二年の時から同じクラスの、わたしが友達と、そう素直に口にできる人。
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稲本美夕
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これ、どこまで?
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相原美紀
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2階の第一理科室の準備室までなんだけど……。お手伝い、お願いしていい?
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稲本美夕
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もちろんよ。
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それなら、と少しだけ、箱の重みを美夕に預ける。このくらいなら、いいよね?
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美夕は、二年の時から、こうしてわたしのことを気にかけてくれる一人。
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それだけじゃない。きっとわたしの内心のこと、いくらかは見抜いているって思える。どこまでかはわからないけど。
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友達になってから、ずっとそう。わたしの胸のうち、わかって、心配してくれていて。
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だからかしら。彼女の事、他の人よりも、よく見るようになったのは。観察しているって言ってもいい。
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稲本美夕
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相変わらずなのね。美紀、生物の授業なんて、とってないでしょう? それなのにこんなこと、引き受けて。
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相原美紀
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ん……、でも、相変わらずのことだから。そう言う美夕の方こそ相変わらずなんでしょう?……でも、なんだか少し、元気ないみたい。
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だからかしら。わたしには見える。箱を挟んで、間近で、美夕の顔が。息遣い、声、足取りも、美夕が普段より、消沈しているのが見てとれる。
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稲本美夕
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……美紀、そんなごまかし方じゃダメよ。少しやつれたみたいよ。
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ああ、やっぱり。悟られてしまってる、みたい。美夕はそういう人。でも、ごまかしも半分あったけど、もう半分は本当にそう思ってるんだけど。
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陸上部の、短距離の全国クラスの選手で副部長。部長の茉莉さんの代わりに、部員のトレーニングのメニューまで決めてるんでしょ?
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そんなコーチみたいな役割、でも、美夕らしい。わたしは美夕のこと、自分自身よりも誰かの育成に向いているって思うこと、あるもの。
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冷静沈着に。観察と分析に長けている、美夕。
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そういえば近ごろ、記録の方、伸び悩んでいるって聞いたけど、美夕が浮かない様子なのは、そのせい?
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ううん、それは聞かないでおこう。
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わたしがそうされるのを望まないように、きっと彼女もそれを望まない。
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お互いに判っている、そういう呼吸がある。求められない限りは、人を甘やかさない主義。それが美夕のタイプ。
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だから、わたしが甘えようとしない限りは、美夕は手を出してこないでしょうね、こっちのことには。
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性格や考え方に差はあっても、そういうところはお互い似通っている。
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苦労性っていうのかしら。そんな共通項。きっと、他人に頼る事を避けるという点まで似てる。わたしは頼るのが下手なだけなんだけど。
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ああ、だからなのかな。わたしが彼女と友達でいられるのは。
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こうして段ボールの箱越しでなくっても、間合いを取りあって付き合っているのね、わたしたちって。
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相原美紀
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まぁ、きっとお互い様なのかしらね。しかたないかも、こればっかりは。
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そういう本音に近いことを言えるのも、美夕が相手だからこそ。
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稲本美夕
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そうね。お互いに、好きこのんで苦労したがってるのね、私たち。
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相原美紀
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そうかもね。あとちょっと、がんばりましょ。
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稲本美夕
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ええ。
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とは言っても。いざことに当たるとなると、手を抜けない性分なのもお互い様。
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なにもかも、難儀なところばかりが共通した友人というのは、これはこれで得がたいものなんでしょうね、きっと。
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あとちょっと。
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でも、それは資料室まで、このダンボール箱を運ぶことなのか、それとも、部活と委員会、引退するまでの時間なのか。
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自分で口から出た言葉だけど、どっちの意味なのか、あとから思い返してもわからなかった。
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二人して、笑った言葉だったのに。そんなとこまで、似てるのね、わたしたち。
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