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右を見て、左を見て、そして天井を仰いで、最後にうつむいて。
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そうしてから……。
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相原美紀
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(……! ……!?)
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喉の奥から突きあげてきた息を、どうにかこうにか、なだめてそっと逃がそうとしたのにうまくいかない。いくはずがない。
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だってこれ。こんなの。
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めずらしく整美委員会だけの仕事が終わって、ようやく帰れるって戻ってきた教室。カバンの中にあった違和感に、はじめは少し不安を覚えた。
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いたずらでもされたのかしら、と。
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でも、これ、これは。カバンの中に入っていた物は。
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かわいさよりも、質のよさをまず感じさせる、ちょっと地味目の封筒。書かれている宛名はわたしへ。
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最初は不審に思ったけど、封筒と揃いの便箋にさっと目を通して、それですぐさま、かっと顔が熱くなる。
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2、3行だけでも、書いた人の気持ち、伝わってくるようだったけれど、勘違いじゃないかと二度も繰り返して読んでいく、そのうちに。
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心臓がひどく脈打って、どうしようもなく止められなくなってしまう。
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相原美紀
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(だってこれは、そうたぶん、いいえ、きっと)
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文字の一つ一つが、視界の中で踊り出すかのよう。それくらいわたしは、混乱している。
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相原美紀
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(ラブレターとか、そういう……)
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今どきメールなどじゃなく、手書きの手紙がちょっと生真面目で古風だ、とか。それが好ましい、とか。
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多少はそんな冷静なところ、残していたのは心の表面だけ。
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残りのわたしは、それはひどく、強く強く混乱していた。
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相原美紀
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(だって……、当然でしょう……?)
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相原美紀
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(わたし、こんなの)
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相原美紀
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(もらったの、初めてなんだから……)
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差し出した人の名前には、憶えがある。もともと人の顔と名前を覚えるのは得意。けれどこの人は、この子は。
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入学して間もないころに、学校の中で迷子になっていた新入生。その時に案内してあげたことは憶えている。その時に、一度、たった一度、会っただけ、話しただけ。
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なのにこの子ってば……。
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相原美紀
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(え、え? どうしよう。どうしたらいいの、こういうの)
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他でもないこの学校の新入生。つまり、言うまでもなく相手は女の子で。
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つまり、わたしの初めてもらったラブレターは。同性の、後輩からってことに……。本当に?
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相原美紀
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(お、落ち着かなきゃ……)
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もう一度、また顔が赤くなるのを感じながら、手紙を読み返す。
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相原美紀
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(う、うん……。もう一度、会ってちゃんとお礼が言いたいってことよね。それだけよね?)
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手紙の要点をまとめると、そういうことになる。そのお礼が、告白でなければ、これはラブレターとは言えないんじゃないかしら?
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そう、頭では理解できるけど……。
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またわたしは、右を見る、左を見る、周囲を見まわして、さいわい、もう部活も委員会もほとんど終わってる時間、気にするような人目もない。
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だから立ち尽くしたまま、また、何度も何度も手紙を確かめて、手の汗が染みになっちゃうんじゃないかってほど、読み直して……。
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園生月代
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相原さん? そろそろ下校時刻よ? 委員会も、もう終わったんでしょう?
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相原美紀
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っ!?
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廊下から呼びかけられた時には、心臓が止まってしまうかと思った。
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ただでさえ相当に不審に見えたでしょうに、それ以上叫んだりもしないですんだのは、あんまりにもびっくりしすぎたせいで、かえって反応がついていかなかっただけのこと。
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園生月代
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あんまり遅くならないうちに、早く帰ってね。このひと月くらいで、もうずいぶんと日も長くなってきてるけどね。
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相原美紀
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は、はい。
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園生先生から見えないように、カバンの中に手紙、素早くしまって、教室を飛び出す。早足に、でも駆け出さないように。
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園生月代
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あ、そんなに急がなくても大丈夫よ?
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相原美紀
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あ、いえ! その! さ、さようなら!
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園生月代
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え、ええ。気を付けて帰ってね?
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相原美紀
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は、はい!
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園生月代
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相原さん……?
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馬鹿みたいにしどろもどろになってしまって、園生先生、それは怪訝そうな顔をしていたのかもしれない。まっすぐ、早足で進んでたから、見えなかったけど。
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トイレに駆け込んで、個室に飛びこんで、今度こそほんとうに一人きりになってようやく……。
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相原美紀
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はぁ……。
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何度読み直しても、ショックは引かない、収まらない。
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動悸、赤面、そしておしまいには……、泣きそうに。
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さっき、教室で読み返した時もそう。もう一度、会いたいと伝えてくる手紙。それだけなのに、でも。
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この文章から伝わってくる雰囲気は、伝え聞いた自分の知識の中では、確かに……。
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相原美紀
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(ラブレター……)
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相原美紀
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(どうして……、ねえ、どうして?)
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相原美紀
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(たった一度よ、それだけじゃない)
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相原美紀
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(なのにあなたは……、牧さん……)
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その子の名前、胸のうちでそっと呟く。それだけで目頭、熱くなってくる気がするのは、もううれしいとかそんな優しげな気持ちなんかからじゃなく。
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責めてしまうにも似た想い。
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相原美紀
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(こんなにも真摯で、素直で、気持ちのこもった言葉を、どうして書けるの?)
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相原美紀
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(ちょっと道案内、しただけなのに。荷物だって持ってあげられなかったし、途中で何度も、足止めさせてしまったし)
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相原美紀
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(「親切にしていただいて、ありがとうございます。とても、うれしかったです」)
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相原美紀
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(ううん、当たり前のこと、しただけ。わたしにとってはそう。だって……)
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相原美紀
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(困ってるあなたを見過ごしたら、どんなふうに思われるか。そんなことを考えてしまうから)
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相原美紀
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(初めて会うあなたにさえ、そんなことを考えてしまうわたしなのに……)
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自分の心の中にある、そんな部分が、この手紙で浮き彫りにされてしまったよう。
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こんなに素直な気持ちのこもった手紙からさえ、そんなことを考えてしまうんだ、わたしは。
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でも、ふと、思う。
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他の人からだったら、わたしはここまで動揺しただろうかって。
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相原美紀
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(牧さん……。元気な子だったな。迷って途方に暮れていたはずなのに、でも溌剌とした子だってすぐわかった)
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相原美紀
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(少し一緒にいただけで、わたしの気持ちまで明るくなるような)
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相原美紀
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(そんなあの子の書いた手紙だから、わたし、ここまで揺さぶられているのかしら。こんな、素直でまっすぐな感謝の言葉だから……)
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自分の胸のうちの気持ちを、そっと落ち着けて、しまい込んで。
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もう一度、手紙を読み直す。
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相原美紀
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(もう一度、会いたい。今度の、木曜日の放課後、屋上で……)
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結びの言葉の近くに書かれていた文章を読み返す。
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もし、この呼び出しに応えたら……、あの一年生の子は、わたしになんて言うつもりなんだろう。
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これが、ラブレターじゃなかったとしたら、本当にお礼の言葉なんだろう。
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もし、ラブレターだったとしたら? 本当にそうだとしたら? 告白……、してくれるのかな?
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相原美紀
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(どっちにしろ……)
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相原美紀
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(その時、牧さんの言葉を聞いたら、きっと、わたしは牧さんともっと深い知り合いになれることに、ちがいはないのかしら……)
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それは、とても気になる。
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あの明るくて素直な表情、言葉で、なにを伝えてくるんだろう。それは、まだ、わからないけど。
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どうやって、わたしは答えたらいいか、わからないけど……。
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でも、きっと、彼女の言葉は、わたしへの好意の言葉。もっとわたしのことを知りたいために、伝えてくる言葉。そう書いてあるから。
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相原美紀
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(もっと、わたしを知りたいと思っているんだ……)
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どうしよう……。すごく、心が揺さぶられる。もしかすると、ラブレターかもしれないと思った瞬間よりも、もっと。
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それは、わたしを知ろうとしてくれる人への憧れと……。
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期待。
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相原美紀
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(わたし……)
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相原美紀
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(一度会っただけの一年生に、期待してるんだ……)
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そう思ってしまうと、それはそれで、自分が情けなく思える。
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誰にも伝えたことのない、この胸の中の想いを、会ったばかりの。わたしの親切に感動している一年生に、わかってもらえるかもしれないなんて。
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そんな、期待、しているなんて。
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相原美紀
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(でも……)
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わたしはたぶん、いやきっと、木曜日の放課後、屋上に行くと思う。そして、牧さんの言葉を聞こうと思ってる。
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どんな言葉だったとしても、それを受け入れてしまうだろう。すべては無理でも、すべてを断ることなんて、できないと思う。
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相原美紀
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(そんなことしたら、牧さんが気を悪くしてしまうかも……。ああ、また、そんなことを考えてる。でも……)
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純粋に、あなたに会いたい……。牧さん、あなたに。そう思ってるのも、確か。
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わたしはきっと、あなたの真っ直ぐなところに、憧れてる。そのあなたから告げられる言葉を聞いてみたい。わたしへの、言葉を。
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相原美紀
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(うん……、そう思ってる……。これ以上、嫌なことは考えたくない……)
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そっと、手紙をカバンの中にしまう。
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相原美紀
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(あとは、牧さんに会ってから。言葉を聞いてから、考えよう。そして、返事を考えて……)
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今は必死に、冷静になろう、あの子にとってもわたしにとっても、傷つかない判断をしよう。
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でも。今はそう想っていても、そんな決意は、あの子とまたじかに会ったなら、すぐに揺らいでしまうかもって。
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陽が落ちかけて、暗くなり始めた窓をながめながら、わたしはぼんやり、そう予感していた。
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