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足が軽い、体が軽い。
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トラックを踏みつける感覚が、いつもより力強く感じられる。右足、左足とそれをどんどん繰り返していく。
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止めたままの呼吸、どんどん苦しくなってくるけど、前に進もうって気持ちの方が強い。口を開けるのをこらえて、進んでいく。
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狛野比奈
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(ゴール!)
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最後の力を振り絞った前傾姿勢で、あたしはゴールラインを駆け抜けた。
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狛野比奈
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んはっ!
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こらえていた息を吐き出す。すぐに吸い込む。心臓、すごい音。一気に汗が噴き出してくるのがわかる。
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全力で走り終えた後の、体の重さが戻ってくる感覚。それがいつもよりもキツイ。それだけ、いい感じで走れたと思うけど……。
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稲本美夕
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ナイスラン、比奈! ベストが出たわよ!
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狛野比奈
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や、やた……。
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ここのとこ、しばらく自己ベスト、出せてなかったのに。ほんとに今日は調子がいいんだ。
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稲本美夕
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5分後に、もう一本、計っておくわよ。
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狛野比奈
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はい!
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もしかしたら、次もベストが出るかも。そんな気になるくらい、今日はほんと、体が軽い。
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ううん、たぶん、昨日から。昨日、結奈ねぇの手伝いで一緒にジャガイモむいた時から。結奈ねぇと話した時から。
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ゆっくりと、でも体を大きく動かしながら、スタートラインの方に戻る。戻りながら、昨日の結奈ねぇとの会話を思い出す。
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昨日、やっと結奈ねぇから話を聞けた。ずっと気になってたこと。結奈ねぇが元気がなかった時の理由。
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その話を聞けたのがうれしかった。だって、やっと話してくれたんだもん。
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結奈ねぇに元気がなくなってるの、ずっと気になっていた。
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結奈ねぇはなんでもないように、いつも通り、ご飯を作ってくれていたけど、あたしはすぐに気付いてた。どうしたのかなってずっと思ってた。
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でも、なんとなく、聞けなくて。いつも通りに結奈ねぇがしてるから、もしかしたら気にしちゃいけないことなのかなって思ってた。
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でも、やっと話してくれた。そして……。
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あたしがおいしいってご飯を食べてたから、平気になったって。ありがとって言ってくれた。
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結奈ねぇの話が聞けて、あたしがちょっとでも結奈ねぇの元気のもとになれてたってわかったから、それが、うれしかった。
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あの後から、とても体が軽い。すごい、絶好調になってる。
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今日、ベストタイムで走れたのも、きっとそのおかげ。結奈ねぇのおかげだ。
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網島茉莉
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比奈~!
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狛野比奈
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うわ。
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次の計測に備えて、スタートラインのそばまで戻ってきた時、背中から茉莉先輩が抱きついてきた。
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網島茉莉
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自己ベスト出たって? すごいじゃん。調子いいみたいだね。
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狛野比奈
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……茉莉先輩、暑い。
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網島茉莉
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なにかいいことでもあった? そんな走り方だったけどさ。
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狛野比奈
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んー。
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どうして茉莉先輩ってこういうとこ、鋭いんだろう。誰かの調子の良さとか悪さとか、すぐに見抜いてくるんだけど。
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網島茉莉
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比奈みたいなタイプでも、気分でけっこうタイム変わるんだね。かわいいとこ、あるじゃん、このぉ。
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狛野比奈
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んー、重い、暑い。
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網島茉莉
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その調子で、もう一本、行ってきな。いいことあった時は、ガンガン走っといた方がいいよ。
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いいこと? うん、いいこと。結奈ねぇが話してくれたこと。……ん?
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あれって、ほんとにいいことだった? 結奈ねぇ、ずっと悩んでたんだよね? 苦しかったんだよね?
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あたしは、元気がないことには気付いてたけど、その理由はわからなかった。聞かなかったから。
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つまり、あたしはずっと、苦しんでる結奈ねぇをどうにもできずにいたってこと?
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結奈ねぇは、あたしがいたからって言ってくれたけど、あたしはただ、ご飯食べてただけだし。
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聞いてくれてうれしかったって言ってくれたけど、ほんとにただ、話を聞いただけ。
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結奈ねぇがまた元気になってきたのも、料理をするの、嫌いにならなかったのも、全部、結奈ねぇが自分で解決しちゃったことじゃない?
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あたしは、ほんとに毎日、ご飯食べてただけだよね?
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それって、ほんとにいいこと? うれしいのは、あたしだけじゃない?
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狛野比奈
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んー……。
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結奈ねぇにあったことがなくなるわけじゃないし、あたしがなにをしたわけじゃないし。なんで、それをいいことなんて、考えられるんだろ。
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あたし一人が喜んでるだけじゃないのかな?結奈ねぇにとっていいことってある? 今、料理当番を楽しそうにしてるのだって、あたしが頼んだわけじゃないんだし……。
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……あたし、なにもしてないのに、いいことって喜んでるのかな?
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網島茉莉
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お? なんだか急に暗くなってきたね、比奈。
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狛野比奈
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んー……。
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網島茉莉
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さっきまでの調子はどうした? ほら、元気だしなって。
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狛野比奈
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……はい。
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網島茉莉
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ほんとにどうしたの、比奈。なんか悩み事でもできた?
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網島茉莉
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なんでもいいから、先輩に相談してみな?話すとけっこうすっきりするよ?
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狛野比奈
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………………。
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話すと、すっきりする? するのかな?
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だとすると、結奈ねぇもあたしと話をしたことですっきりしたのかな? 確かに、そんな感じだったけど。
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だとしたら、話をしたことだけでも、よかったのかな? いいことだったのかな?
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あたしは、結奈ねぇの話を聞くだけで、いいことをしたのかな?
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網島茉莉
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なんでも聞いてあげるよ? 人生相談でも、恋愛相談でもいいよ? 心と体の相談室とかでもOKだよ?
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狛野比奈
>
んー……。
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網島茉莉
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ほらほら、話してごらん?
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狛野比奈
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ん、だいじょぶです。なんか、すっきりしました。
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網島茉莉
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あれぇ?
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茉莉先輩の腕をほどいて、もう一回、スタートラインに向かう。
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網島茉莉
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なんで自己解決しちゃってるの、比奈。あたし、まだ、なにも聞いてないよ?
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網島茉莉
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かわいい後輩の悩み事、聞かせてよ、ねぇ!
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狛野比奈
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だいじょぶです。
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うん、大丈夫。結奈ねぇが話をしてくれたのは、いいこと。あたしは聞くことしかできなかったけど、たぶん、結奈ねぇにはよかったこと。
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今まで話してくれなかったことだもん。それを、あたしに、話してくれたんだから。
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きっと、これからはもっと、いろんなこと、話してくれるにちがいない。あたしにできることは、話を聞くことだけかもしれないけど。
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それで、結奈ねぇがすっきりするならそれでいい。それは、あたしにとってもいいこと。うれしいことだから。
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稲本美夕
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次、比奈! スタートラインにつきなさい!
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狛野比奈
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はい!
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ラインについて、スターティングブロックに足をかける。
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次はもっと、いいタイムを出そう。
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次はもっと、結奈ねぇの力になれるようにがんばろう。
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位置について、レディ……。
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笛の音とともに、あたしは勢いよく足を蹴り出した。
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Hana ni Arashi
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