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永谷恵
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あ、結奈。
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サチさんと二人だけで過ごしてきた日々に、不満なんて少しもないけど。
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でも、廊下で知り合いを見つけるとか、声までかけちゃうとか、ほんと憶えてないくらい久しぶり。なんだか新鮮。
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遠見結奈
>
あら、恵。
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しかも、こうして答えまで返ってくるなんて。ちょっとうれしい。
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永谷恵
>
(ま、そんなこと、結奈には言えないけどね)
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遠見結奈
>
どうしたの? なにかあった?
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永谷恵
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え? えーっと……。
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人目のある周囲を気にしながら、小さな声で聞いてくる結奈。
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声をかけたくって声をかけた、なんてそれこそ絶対言えないわ。なんかシャクだし。
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永谷恵
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うーんと、その……。
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でも、結奈と話すことなんて思いつかない。必要なことなら、たいてい屋上で話しちゃってるし。
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と、言葉に詰まっていたら、結奈の方から話題を振ってきた。
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遠見結奈
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そういえば、前から聞きたかったんだけど。
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永谷恵
>
な……、なぁに?
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遠見結奈
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その……。
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すでに人通りの少ない廊下の端に移動しているのに、結奈はさらに声を落として。
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難しい顔で口ごもってる。なに、なんなの。
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遠見結奈
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ちょっと聞きづらいことなんだけど……。
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永谷恵
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なによ。はっきり言いなさいよ。
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ま、まさか……、結奈もサチさんの虜になった、とか? ライバル宣言?
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永谷恵
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(あああ、最初からイヤな予感がしてたのよ、サチさんに憧れない子なんているわけないんだしー!)
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遠見結奈
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あなたたち、なんで、その、悔いなき初体験、ってのにこだわるの?
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永谷恵
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へ。
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遠見結奈
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その……、や、やり方とかわからなくても、その、手探りでもいいんじゃない? あ、愛し合ってるんでしょう?
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永谷恵
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………………。
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やだもう、驚かさないでよ。紛らわしいんだから。なにかと思えば、そんなこと。
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なんで悔いなき初体験にこだわるのかって? 愛の力さえあれば、手探りでもきちんと結ばれるですって?
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永谷恵
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甘いわね、結奈!
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遠見結奈
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……?
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永谷恵
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初体験は、そんなに甘くないわよ。ほんとはそりゃ危険なものなんだから。取り扱い注意なんだから!
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遠見結奈
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……は?
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なに、そのポカンとした顔は。
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しょうがないわね、ちゃんと教えてあげなくっちゃ。まったく、最近の子は危なっかしいんだから。
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永谷恵
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あのね、わたしが生きてた時、クラスの進んでる子が言ってたんだけど……。
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髪を染めて、すっごい長いスカートで、不良の彼氏と付き合ってた子。
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クラスでは浮いてたけど、でも彼女がアレやコレやの話をする時、みんな興味津々で耳をそばだててた。わたしもそう。
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その子が初体験について語ってた時なんか、もう話をこっそり聞いてるだけじゃガマンできなくて、あれこれ質問したものよ。
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永谷恵
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結果、わかったこと。初体験は、とっても危険!
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遠見結奈
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……なにがどう、危険だったの?
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わかったようなわからないような顔の結奈。……うーん、しょうがないわねぇ。
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わたしは結奈の耳にひそひそと、具体的なところを囁いた。結奈以外には聞こえないってわかってるけど、大きな声でなんて言えないわ。
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永谷恵
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えっとね、まず彼氏の方が……、……で、……したら……、……ってなってね。
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遠見結奈
>
ええ……。
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永谷恵
>
……して、……ちゃったんだって。で、仕方ないから……、……たけど、もうすごい量の……、が……。
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永谷恵
>
翌日も、……が、…………で、……のまま……。ガマンするしかなくて……。
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永谷恵
>
……そりゃあもう痛くて、つらくて、疲れるだけの体験だったって。
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遠見結奈
>
………………。
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離れて顔をのぞき込んだら、結奈はちょっと血の気の引いた顔で黙りこんじゃった。
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永谷恵
>
どう、ヒサンでしょ?
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遠見結奈
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そ、そうね……。でも、それって、男の人が相手の話だからじゃないの?
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永谷恵
>
そうかもしれないけど、そうじゃないかもしれないじゃない。やってみてダメだったら、どうするの。
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遠見結奈
>
そ、そうだけど……。
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永谷恵
>
せっかくの初体験なのよ、初めてなのよ。たった一度きりのことなのに、台無しなんて許せない!
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永谷恵
>
サチさんにこの話をしたら、『私たちは慎重にいきましょう』って言ってくれたし……。
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永谷恵
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わたしとサチさんは相思相愛、完璧な絆で結ばれた完璧なカップルなんだから、初体験も完全無欠じゃなきゃいけないの!
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ああ、ほんと、その通り。自分で自分に拍手したいくらい。
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わたしたちほど完璧なカップルじゃなくたって、そうよ。
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好きな相手と初めて結ばれる時、一生の思い出になるようなすてきな体験にしたいって思うのは、当たり前のことじゃない。
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なのに結奈ったら、相変わらずなにを考えてるのかわからない顔で、ひとつうなずいて。
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遠見結奈
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まあ、わかったわ。……ありがとう。
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なんて、つまらない返事。
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そのまま、授業が始まるから、って言い残して、教室に入っていっちゃった。
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永谷恵
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(……ま、いいか)
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結奈、そんなものかしらって顔してたけど。まだまだお子さまだから仕方ないわ。
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いつか、このわたしの言ったこと、わかる日がくるんだから。その時、人生の先輩に感謝したって遅いんだからね。
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永谷恵
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(先輩、か)
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そういえば、誰かに「先輩」として話しかけるのも、ずいぶんと久しぶり。
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見た目は時間が止まっちゃってるから実感ないけど、人生経験は一世代分、恋愛経験は百歩も二百歩も、わたしのほうが先輩なのよね。
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永谷恵
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(先輩、後輩かぁ……)
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うん、悪い気はしないわ。なかなか使える後輩だし。……結奈の方がわたしのこと、先輩だと思ってるフシがまるっきりないのがシャクだけど。
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これからも、結奈を見かけたらちょくちょく話しかけてあげようっと。
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先輩だからわかること、いっぱいあると思うし。……それに。
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サチさんに色目使ったりしないように、きっちり見張っておかないといけないしね。
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