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榎木サチ
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………………。
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慰霊樹の下。いつもなら落ち着く場所だけれど、私は穏やかとはいえない気分を持て余していた。
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榎木サチ
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(……初体験……)
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心の中でつぶやくだけで、かぁっと全身に血が巡るよう。動いている心臓があるわけでもないのに、こういう実感が残ってるのは不思議ね。
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榎木サチ
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(お、落ち着いて。とにかく落ち着かないと)
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榎木サチ
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(簡単な話じゃないのだし。まず結奈さんが比奈ちゃんに返事をして、二人がちゃんと恋人同士になって)
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榎木サチ
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(そして、私たちを憑依させてくれることを受け入れてくれて、それでようやくという話なんだから)
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榎木サチ
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(ええ、確かもう少しってところまでは来てるのよね。でも、まだ、いくつも関門は残ってるのよ)
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その関門をありがたく思う気持ちが、少なからず私にあるというのも問題かしら……。
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いろんな子の初体験を見てきたけど、それをそのままなぞっていいものかしら。私と恵の初体験なのだし、見てきたものとちがうことだってあるはず。
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ああ、きっと不安なのは恵も一緒ね。私がしっかりしなきゃ。こないだだって、私から恵を押し倒す感じだったし、やっぱり私が導いてあげなきゃだめよね。
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でも、私だってまだまだわからないこともあるし……。どうしたって怖じ気づいてしまう。
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榎木サチ
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(いえ、やっぱりやめたいなんて決して思ってはいないけど。二人の初体験はずっと思い描いていたことだし、絶対に成功させたい!でも、だからこそ失敗できないし……)
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恵と出会ってから身につけた振る舞いを、今さら剥がすこともできない。
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恵と結奈さんに打ち明けた時もそうだった。二人とも、今の私を受け入れてくれた。それはうれしかったのだけど……。
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結局、迷っているのよね、私。これはきっと、二人には言葉でしか伝えられなかった、私の本性。弱気なままの私。
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今だって、記念樹にもたれかかって、うじうじうじうじと。抑えてはいるけど、本当は不安のあまりあたりを徘徊してしまいそうなくらい。
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ああ、どうにも情けない……。
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永谷恵
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サチさぁーん!!
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榎木サチ
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!?
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元気な声と一緒に、恵がこちらにやってくる。結奈さんも一緒に。
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榎木サチ
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あら、どうしたの、恵。
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抱きついてくる恵を受け止めた時には、自分でもびっくりするくらい、自然にいつもの口ぶりに戻っていた。
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榎木サチ
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(やっぱり体に染みついてしまったのかしら)
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内心、苦笑いさえ出てきてしまう。さっきまで、あんなだったのに。
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永谷恵
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ねっ、サチさん、こっち。座りましょうよ!
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榎木サチ
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はいはい、なぁに?
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恵に引っ張られるがままについていって、私たちは記念樹近くのベンチに座る。
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結奈さんを真ん中に、私と恵が両側。いつの間にか当たり前になっていた座り順で。
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永谷恵
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結奈! 早く!
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遠見結奈
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はいはい。
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促された結奈さんは、膝の上に乗せた巾着を開く。中から現れたのはお弁当箱。
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永谷恵
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早く開けて!
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どうしたのかしら、恵、やけに急かしているけど。
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遠見結奈
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……はい。
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永谷恵
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じゃじゃーん!
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榎木サチ
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……あら、おにぎり。
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お弁当箱には、おにぎりが2つ。
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きれいな三角ににぎられていておいしそう。でも、この恵のはしゃぎぶりからして、それだけじゃないみたい。
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なにかしら。おもしろい具が入っているとか?最近は「ばたぁ」や「ちぃず」まで入れちゃうっていうし……。
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永谷恵
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これはですね、恵の手作りおにぎりです!
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榎木サチ
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……まあ。
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話を聞くと、結奈に憑依した恵が、私のために作ってくれたそう。
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それは……。どんなめずらしいおにぎりよりも、うれしいわ。
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永谷恵
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サチさんに、恵の料理を食べてもらいたくて……。
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永谷恵
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なににしようか、いろいろ考えたんですけど、なんでかなぁ。おにぎりが一番いいなって思って……。
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頬を赤らめて、恥ずかしそうに、少し不安そうにうつむく恵。
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どうしよう。どうしよう。ありがたすぎて、恵がかわいすぎて……。
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榎木サチ
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ありがとう、恵。結奈さんも。二人とも、本当にありがとう。うれしいわ。
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パッと顔を輝かせる恵がかわいい。結奈さんも、相変わらず落ち着いた表情だけど、心なしか満足そう。
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榎木サチ
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じゃあ、早速いただくわね。いいかしら……?
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永谷恵
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ええ、どうぞ。ほら、結奈、早く!
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遠見結奈
>
はいはい。
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grpo_bu0
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私は結奈さんの体にぴったりとすがりつく。その結奈さんが、おにぎりに手を伸ばす。
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さっき握ったばかりかしら。温かくて、海苔のいい匂いが伝わってくる。
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榎木サチ
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いただきます。
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永谷恵
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どうぞ!
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榎木サチ
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ん……。
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まず、パリッとした海苔の歯ごたえ。ご飯の優しい味わいと、ほのかな塩味。
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榎木サチ
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……おいしいわ。
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永谷恵
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ほ……。ほんとですか?
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榎木サチ
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本当よ。
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遠見結奈
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うん、おいしい。
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私だけじゃなくて、一緒に味わっている結奈さんがそう言ったことで、不安が消えたみたい。恵がほっと胸をなで下ろす。
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二口め。今度は具に届いた。柔らかな鮭が、ほっくりとほぐれていって……。
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榎木サチ
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うん、おいしいわ。最高のおにぎりね。
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懐かしさとか、ありがたさとか、そういったものも全部含めて、……すごく幸せな味。
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永谷恵
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やったぁ! ……よかったぁ。
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永谷恵
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ほら、料理なんて久しぶりだから。たかがおにぎりっていっても、おいしくできるか心配だったんですよ。
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遠見結奈
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問題なかったわよ。手際とか最初、ちょっとアレだったけど。
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永谷恵
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な、なによう。
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遠見結奈
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うん。きれいに握れてた。……ちょっと意外だったかも。
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永谷恵
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ええ!? どういう意味よ。
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榎木サチ
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(ちょっとわかる。……なんて言ったら、恵、むくれちゃうわね)
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榎木サチ
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本当にすごくおいしいわ。恵はいいお嫁さんになれるわね。
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永谷恵
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そんな……、お嫁さんだなんて。わたしには、サチさんがいれば……。
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榎木サチ
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ええ、私は幸せものね。
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永谷恵
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……! は、はいっ!
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永谷恵
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結奈、き、聞いた? つまりね、今のはね、わたしがいいお嫁さんになって、サチさんに嫁ぐから、旦那様のサチさんは幸せっていう話なのよー。
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遠見結奈
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はいはい。
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二人と話していると、さっきまでのうじうじしていた弱気な自分が、遠くに感じられる。
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たぶん本質的に、私は変わっていない。でも、変わろうとした努力は実っている。
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榎木サチ
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(……どっちも私ってことよね)
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本当の私はかっこよくなくても、恵、あなたのためにかっこよくいられる私は、とても誇らしく思えるわ。
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榎木サチ
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……ごちそうさまでした。
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空になったお弁当箱に向かって、感謝を込めて手をあわせる。
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そのまましばらく話をしたあと、結奈さんは、ごゆっくりと言い残して去っていった。
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榎木サチ
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…………。
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永谷恵
>
…………。
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結奈さんが立ち去ったあと、私たちは少し黙ってしまう。
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初体験がついに手の届くところまできている、という照れくささもあったけれど、それ以上に……。
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榎木サチ
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……結奈さん、ちょっと心配ね。
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永谷恵
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はい……。
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お互い、結奈さんに寄り添っていた時に、同じものを感じ取ったみたい。
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比奈ちゃんの想いに対する結奈さんの迷いと悩み。でも、その中でも結論を出したいという強い意志。
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簡単に受け入れられる現状じゃないし、簡単に出せる結論でもない。でも結奈さんは、苦しみながらも前に進もうとしている……。
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永谷恵
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わたし、結奈なら大丈夫かなって思うんです。
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榎木サチ
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そうね、私もそう思うわ。
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結奈さんなら、いちばんきれいな結論でも、いちばん傷つかない結論でもなく、いちばん悔いのない結論を出せるはず。だから大丈夫。
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だから、結奈さんが決断を下した時、それがどんなものであれ、受け入れるのが、私にできる唯一のこと。
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榎木サチ
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………………。
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私は、なんとなしに記念樹を見上げた。
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榎は一里塚に植わる木。旅人は一刻の休みをとって、また歩き出す。
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……人はいつか、歩き出さねばならないもの。
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榎木サチ
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(私の場合は、それにしたって長い……、長すぎる一休みだったわね)
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それがいま、動きだそうとしている。旅立ちの時は近いという予感がある。
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榎木サチ
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(……そうね。歩いていきましょう)
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榎木サチ
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(恵、あなたと一緒に)
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私は、隣の恵を見る。ちょうど、恵も私を振り向いたところで、自然と目があった。
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永谷恵
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…………。
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はにかんだように微笑む恵。きっと私も同じような顔をしているんだわ。
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榎木サチ
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(だって初体験、初体験……)
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榎木サチ
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(ああ、どうなるのかしら。……ほんと、考えるだけで顔が赤くなってしまうわね……)
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grpo
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