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大きな榎の木。思えばこの木も大きくなったものね。
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今は、星館の新しい校舎と同じくらいにまで、その幹を延ばしている。もう80年近くもたっているのだから、当然かしら。
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植えられた時は、1メートルくらいの苗木だったのにね。年ごとに少しずつ背を伸ばしていくのを、私はずっと見てきた。
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私の同級生が、この学校を卒業する時に植えていった記念樹。そう、本当は彼女たちの卒業の記念。
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それがいつのまにか、慰霊樹なんて言われるようになったのかしら。彼女たちが植える木に榎を選んだことに、その意味はあったのかしら。
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少しは、私を、この学園での生活の途中で死んだ私を思い出して、選んでくれたのだろうか。
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こんな、私を。そう、こんな私を。
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永谷恵
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あ、サチさぁん!
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遠見結奈
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ちょっと恵、あんまり引っ張らないで。
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永谷恵
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だって結奈、歩くの遅いんだもん。
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遠見結奈
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体まで操るのはやめてって言ってるでしょう!
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結奈さんと、その肩に手を回した恵がこちらにやってくる。素敵な友人と、大切な恋人。
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榎木サチ
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ごめんなさい、すぐに屋上に戻ろうと思ってたんだけど。
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永谷恵
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いいですよぉ。それで、美紀さんと牧ちゃん、どうでした?
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榎木サチ
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……心配いらないみたいね。二人とも仲良くしていたわ。
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grpo_bu0
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昨日、三年生相手にケンカ騒ぎを起こした牧ちゃんの処分が今日、決まって。
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牧ちゃんは三日間の停学処分になった。学園祭がそのまま、停学期間になってしまって、参加できないのはちょっとかわいそう。
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職員室から出た牧ちゃんは、待っていた美紀さんと二人で休憩所に向かった。二人のことを見届けて、屋上に戻る途中だった。
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この榎の木の下で。
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grpo_bu0
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grpo_bu0
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grpo_bu0
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遠見結奈
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この木……。サチさん、一度、聞いてみようと思ってたんだけど。
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遠見結奈
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この木って、やっぱり、サチさんの慰霊樹なんですか?
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永谷恵
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え、そうだったの!?
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遠見結奈
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なんで、30年も学校にいる恵が知らないのよ……。
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永谷恵
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サチさん、ほんと?
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榎木サチ
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ええ、まぁ……、そういうことになっているみたいね。
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永谷恵
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うわ、サチさんって、やっぱりすごぉい!
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grpo_bu0
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無邪気な、恵の声。でも、それは私には、賞賛には聞こえず、胸に痛みを与える針のよう。
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もちろん、恵にそんな悪意はない。恵の言葉をそのまま受け止められないのは……、私の弱さと、嘘のせい。
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弱さを隠すために、私の全身を覆った嘘。でも……、そろそろ、その嘘も脱がなくちゃいけない。
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恵と出会って、恋人として付き合うようになってから、30年。ずっと変わらずにいた、この姿。
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でも、結奈さんと出会ってからのたった半年の間に、私と恵のまわりの時間は大きく動き出した。ただ、日々を眺めていただけの時間は終わった。
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結奈さんと一緒に、秘めた恋心を見守り、勇気とともに打ち明けられた言葉でつながれた二人を、時には手伝って。
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いくつかの成果を見ることができた。
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変わり始めていた。いえ、もう変わっている。
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grpo_bu0
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grpo_bu0
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grpo_bu0
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榎木サチ
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そんなに……。
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だから、私も。
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榎木サチ
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たいしたことじゃないの。この木だって本当は、私の慰霊樹なんかじゃない。
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いつまでも、嘘をつき続けているわけにもいかない。
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榎木サチ
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これは、私の同級生が、卒業の記念に植えた木よ。ただ、それだけ。
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榎木サチ
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すごいことなんて全然ない。私は……、事故が起きたその日まで、大好きだったその子の手を握ることさえできなかった、ただの……。
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榎木サチ
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臆病者だったんだから。
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言わなきゃ、本当のことを。本当の私のことを。
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永谷恵
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サチさん……。
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遠見結奈
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………………。
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本当のことを伝えて、二人はどう、思うだろう。ううん、どう思われてもかまわない。
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でも、伝えたい。これ以上、隠しておきたくない。だって。
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あなたが、そうだったから。結奈さん。夏休みの合宿中、比奈ちゃんに自分の傷を告げていた。告げることで、向かい合おうとしていた。昔の自分に。
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みんな、そうだったから。牧ちゃん、羽美ちゃんたち、桐ちゃん、園生先生、陽香ちゃんも、茉莉ちゃん、美夕ちゃんも、そして……、美紀ちゃんも。
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ちゃんと、相手に自分を伝えていたのだから。特に、美紀ちゃんは、自分を乗り越えて、牧ちゃんに向かい合ったのだから。
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私だけ……、自分を隠して、恵と向かい合うことはできない。恵には、ちゃんと知ってほしい。そして、結奈さんにも。私たちのために、がんばってきてくれたんだから。
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榎木サチ
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私はね……。
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思い出そう、生きていた時のことを。もう、ずいぶん前のことだけど。ずいぶんと、あの日から時間はたっているけど。
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榎木サチ
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すごい、内気な人間だったの。同じ組の人にも、ちゃんと声をかけられないくらい。
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榎木サチ
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誰とも、打ち解けられなくてね、ずっと、一人でいたの。寂しかったけど、それでも、誰かに話しかけることもできずにいたの。
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遠見結奈
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サチさんが……?
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榎木サチ
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ええ。想像、つかない?
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遠見結奈
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……ええ。
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永谷恵
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うん……。
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無理もないわね。だって、今の私は、その時の自分じゃないから。今の、私は……。
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榎木サチ
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でもね、そんな私にも、声をかけ、手を差し伸べて、友達の輪に加えてくれた人がいたの。
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榎木サチ
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朗らかで、大人びていて、誰からも頼られていて。いつも、その人のまわりには、自然と友達が集まる、そんな素敵な人。
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榎木サチ
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私の、初恋の人よ。
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永谷恵
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あ……。
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ごめんね、恵、こんな話をして。知っていたとは、思う。幽霊になった理由を話したことがあるから。あなたの前に好きな人がいたということは。
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でも、苦しいわよね、こんな話、聞かされるのは。でも、ごめんね、もう少しだけ、話させて。
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榎木サチ
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もちろん、好きと伝えることもできなかったわ。その時の私は、ただ、その人のまわりにいただけ。友達の輪の隅っこで、ただ、その人を見ていただけ。
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榎木サチ
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それだけでも、よかったの。たまに、言葉を交わすだけでも。その場に、一緒にいられるだけでよかったの。
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榎木サチ
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そして……。
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榎木サチ
>
あの事故が起こったの。なんでもない、普通の日だった。昔の星館の校舎の屋上で。
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榎木サチ
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壊れた手すりの向こうに、あの人が落ちていきそうになるのを見て、私はとっさに手を伸ばした。
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榎木サチ
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そして、運良く、その手を握ることができた。たぶん、無我夢中だったわ。思い切り、引き寄せて。
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榎木サチ
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その人が、どうにか、他の友達の手にすがりついた時。
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榎木サチ
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私の体は、宙に浮いていたの。あとは、落ちていくだけ。そこで、記憶が途切れて、気付いた時には、ここにいたのよ。
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榎木サチ
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ここで、幽霊になっていたの。
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それからずっと、ここで学園の様子を見る毎日が続いた。幽霊になったことは、戸惑いもなく、自分でも受け入れていて。
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ただ、その人が無事だったことに、ほっとして。卒業する、その人を見送って、友達を見送って。そして、新しく入学してきた子たちを見てきた。
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入れ替わる子たちが、この学園で過ごす様子を、ここから見てきた。
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榎木サチ
>
ずっと、その人への憧れを抱えたまま、ね……。
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榎木サチ
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そうしているうちに、あなたが来てくれたのよ。恵……。
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榎木サチ
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あなたが、好きって言ってくれたのよ、恵……。
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永谷恵
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サチさん……。
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榎木サチ
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幽霊になる前の私は、臆病だった。意気地無しだった。言い過ぎかもしれないけど、勇気の持てない自分をそのままにしていたのは、確か。
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榎木サチ
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恵、あなたに会って、幽霊になったあなたに、告白されて、私は気が付いた。今までの自分のままではけして、この子に好かれるわけがないと。だから。
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榎木サチ
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偽った。大好きだった人の姿を真似た。あの人の、話し方、態度、憧れていた姿を、そのまま自分のものと偽ったの。
>
榎木サチ
>
そして、もう、本当の自分を言い出すことができなくなってたの。恵に嫌われたくなくなっていたから。恵を失いたくなかったから。ずっと、この姿を続けていたの。
>
榎木サチ
>
それが、今、あなたたちが見ている、榎木サチなのよ。でも、本当は。
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榎木サチ
>
本当の私は、ちがうの。内気な、臆病者だったの。そして、ずっと嘘をついてきた。恵、あなたを騙していた卑怯者だったのよ。
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永谷恵
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っ……。
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榎木サチ
>
ごめんね、恵。今まで、騙してきて……。
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永谷恵
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………………。
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騙してきたことを許してほしいとは思わない。そして、あなたと別れたいわけでもない。
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ただ、本当の私を隠したままにしておくことはできない。
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榎木サチ
>
ずっと、言えなかった私を……。
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許して、そんな都合のいいこと、言えない。だけど……。
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永谷恵
>
……ぅ……。
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永谷恵
>
……ちがう……。サチさんが、あやまることない。
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榎木サチ
>
恵……?
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永谷恵
>
だって、サチさん、ずっとかっこよかったもの、素敵だったもの。わたしの見てきたサチさんは、ずっとそうだったもの……。
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榎木サチ
>
でも、それは……。
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永谷恵
>
だから、わたしはそれでいい。だって、サチさん、言ったもの。恵に嫌われたくないからって。ねぇ、サチさん。
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永谷恵
>
恵のこと、好き?
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榎木サチ
>
……ええ、好きよ。大好きよ。
>
永谷恵
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だったら、わたしは、それでいい。サチさんが、なにを隠してたって、いい。だってサチさん……。
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永谷恵
>
今だって、そうだもん。かっこよくて素敵な、恵の大好きなサチさんのままだもん。
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榎木サチ
>
恵……。私は、そんな……。
>
永谷恵
>
ううん、そうなの! サチさんは、素敵なの!わたしの方こそ……。
>
永谷恵
>
ずっと、不安だったの。サチさんが、わたしの死んだ理由を気にして、わたしと付き合ってくれてるんじゃないかって……。
>
永谷恵
>
好きって言ってくれるのは、わたしが死んだ理由に責任を感じているからだって、思ってたんだから……。
>
永谷恵
>
わたしの方が、サチさんの気持ち、信じてなかったんだから……。嘘でもいいって、思ってたんだから……。
>
榎木サチ
>
恵……。
>
今、恵が言ったことは、なんとなく気付いていた。無邪気な笑顔の隙間に、言葉のすみに、時々、忍び込むものがあることには、気付いていた。
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気付いていたけど、言葉にはできなかった。言えば、私が抱えていたものさえ、えぐり出してしまいそうだったから。
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あなたが好きだから、嘘をついた私。私が好きだから、言い出せなかった恵。
>
ああ、打ち明けても、変わらないのね、私たちは。同じ気持ちを抱えたまま、秘密を持って、今、打ち明けて。
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あなたを、もっと、好きになる。
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榎木サチ
>
大好きよ、恵。嘘もなにもなく、あなたが好きよ。
>
永谷恵
>
わたしも、サチさん、大好き……。
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その伝う涙を、指先でぬぐってあげる。抱き締めて、頭をなでてあげる。私の、かわいい恋人。
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榎木サチ
>
こんな私でも、いつまでも好きでいてね。
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永谷恵
>
はい……。
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そして。大切な恋人を離さずに、私は。もう一人、大切な友人に目を向ける。
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榎木サチ
>
結奈さんも……、ごめんね。がっかりした?
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あなたも、いろいろ辛い過去を越えてきた人だから。特に、他人の隠れた気持ちに傷ついてきた人だから。
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遠見結奈
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………………。
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榎木サチ
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騙してきて……、ごめんね。
>
遠見結奈
>
……いいえ。騙された気は、してないです。
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遠見結奈
>
私、昔のサチさんがどうだったかとか、気にしない、から。だって……。
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遠見結奈
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私の前にいるの、今の、サチさんだから。大人っぽくて、優しくて、恵じゃないけど、かっこよくて素敵なサチさんだから。
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遠見結奈
>
その……、自信、持っていいと思う。サチさんってもう、そういう人だから。昔を気にして……、今のサチさんがいなくなったら、その方が、ヤです。
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遠見結奈
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気にしないで、今のままでいてください。……私が言えるのは、それだけ。
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永谷恵
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そうですよぉ……。
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ああ、二人とも。そんなに優しくなくていいのにと、思う。
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同時に、あなたたちに出会えてよかったとも。本当のことを話して、そして、あなたたちに今、そう言ってもらえて、私はやっと、変われたと思う。
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榎木サチ
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恵……、結奈さん……。
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憧れていた、あの人のような、自分に。
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榎木サチ
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ありがとう……。
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